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誰かさんにリクエストしたら、バルさん描けって言われたから書こうかと思った。
昨日あんまり暑くてむかついたから、涼しい話を書きたくなった。

これ何月くらいの話なんだろう。
しい視点 
イムナ村



 


 生い茂る若草は青々と輝き、高く枝を伸ばし空を覆う木々の葉は風になびき、この季節を謳歌するように荘厳な深い音色を奏でる。
 森の良い香りがする。
 頬を撫で付ける風が心地よい。二本の狭い間隔の轍が走る道は、よく育った雑草に時折侵入を許している。足に残る柔らかな草の感触も、肌をこする長い葉のわずかな痒みや乾ききらずに残った朝露の名残の冷たさも、体のうちをくすぐる良さがある。
 茂る天井の木漏れ日も大分強くなってきた。朝が昼になろうとしている。
 森を少し進んだ先に、やや開けた場所が現れた。近隣の村には珍しい外観の小屋だ。からぶき屋根に土壁、イムナ村にはない作りだ。
 しいは手提げの持ち手を握りなおすと、竹をあしらった扉の前に立った。
 「バルさん。忘れ物です」
 中から柔らかい声音で返事が来る。「しい君?どうぞ、入って」
 引き戸から小屋へ入ると、独特な匂いが真っ先に鼻に入ってきた。竹や使い古された金物、塗料の濃い匂いだ。
 開け放たれた戸の奥には、赤い髪の青年が背を丸めて作業をしていた。
 人懐っこそうな笑顔が特徴的な好青年で、しいの叔父にあたる。
 しいは妹のちあと行商をしていてたまたま立ち寄った村で、父親の姉弟と出会い、しばし身を寄せることになった。故郷とは遠く離れたこの土地で、血縁と会うなどとても信じ難かったが、世間とは狭いもので、人の縁というものを感じずにはいられない。父の姉も、弟のバルも血縁を保証するものが何一つない自分らを、快く受け入れ、疑いもせず信じきっている。
 妹のちあの髪色は、目の前の青年とよく似ている。日に透ける暖かそうな赤い色だ。彼らがしいら兄妹を信じる理由などそれだけで良かったのかもしれない。
 「お弁当。置いていきます」
 しいがそう言い、玄関に身を乗り出し、手提げ袋を部屋の中に置こうとすると、ここへ来てやっとバルが顔を上げてしいを見た。
 「あっ、待ってしい君。ごめんごめん、わざわざ届けさせちゃって。遠かったでしょう?今お茶入れるから上がって」
 少し汗ばんだ笑顔がとても血色がよく、健康的だった。皮の手袋を抜き、立ち上がった背格好は、幾分この作業部屋には大きすぎる。工具や材料が多く手狭なのは事実だが、彼のやや肉厚な体がこの狭い部屋を圧迫しているのだ。
 「上がっていい、ですか?」
 工房の奥の方で水音がする。あっと声が上がってから硬いものが落ちた音がした。おそらく湯のみを滑らせたのだろう。しかし割れた風ではないので安心した。
 「大丈夫、おじいさんは今居ないから。それにしい君ならねー」
 おじいさん、というのはバルの師にあたる。痩せて眼光の鋭い様子がいかにも職人らしい、工房に入るとすぐに怒鳴るもので、ちあは敬遠していたが、しいは彼の様相や気難しいところが他人とは思えず、どちらかと言えば好いていた。
 お言葉に甘えて、としいは若草の匂いがする靴を脱ぎ、部屋の隅の空間に小さく正座をした。
 「しい君は変に道具触ったりしないからね、おじいさんも褒めてたよ。幼いのに肝が据わってるって」
 盆に二つ湯のみ乗せてバルがやってきた。彼も近くのそれらしい隙間に腰を下ろす。
 「ごめんね、自分で作った弁当を家に置いてきちゃったよ。しい君も外で遊びたかったでしょう」
 しいは首を横に振った。「ここが好き」と答えると、バルは湯飲みを口に運びながら嬉しそうに目を細める。
 「ここは目も鼻も耳も気持ちいいから」
 そっと渡された茶に鼻を近づける。水出しなのでわっと濃い匂いはしないが、くすぐるようなかすかな香りがする。
 ははは、と明るい声で笑う。「それを聞いたら、おじいさんはますますしい君を気に入りそうだ」
 竹を使った職人は村でも多くはない、まして村から離れたところに工房を構えるのはここくらいなものだ。その昔、バルの師は生まれ育ったこの村を出て、技術の研鑽の旅をしたそうだ。それから帰った彼は生家から離れたこの土地に、様式の珍しいこの工房を建ててしまったと言う。桜牙の文化に魅せられたらしい。
 しいはこの工房の雰囲気や、外の森の景色の良さを大変気に入っているので、彼の師の気持ちも分かる。それゆえ、妹や周囲の子供らが、ここを敬遠することが歯がゆい時がある。
 「ちあちゃんは?」
 ニコニコと人の良さそうな笑顔でまっすぐしいを見てくる。この青年は、こういう様子がなんとも子供っぽい。
 「食堂で手伝い」
 そう言うと、彼の太い眉がくにゃりと寄り、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。食堂は、彼の姉、しいの叔母が切り盛りをしている。ある事件以降この村はどこも人手が足りない状態なので、ちあが手伝うととても喜ばれる。
 ちあは声が良く通り、ハキハキしていてあの年で熟練した愛想笑いを体得しているため、客からの受けがとても良い。よく働くため、よほどの時間帯でない限りしいが表で手伝うことはない。
 しかし、バルは自主的に手伝っているとは言え、子供が働くことをあまり良く思っていない。まだしいやちあの年頃は、外で遊び学ぶ頃と考えている。
 そうも言っていられない時期だと言うのはバルも痛感しているようで、しいやちあにただただ申し訳なく思っているらしい。
 「ごめんね」
 甘い人だ。と常々思う。
 茶を一口すすると、舌の上に葉の芳しい甘みが広がる。薄めのそれがさわやかに喉を通過する。
 しいが黙るとバルも伏目がちに静かになってしまった。なんとも似合わない表情だ。
 「バルさん、それは何ですか」
 先ほどまでバルが刃物で裂いていた竹を指差して問う。枝のように細い竹だ。
 「これ?竹だよ」
 「知ってますよ」
 「これはね、うちわになるんだよ」
 裂く前の竹を触らせてもらった。この細い竹がそのまま持ち手になるのだと言う。確かにコレならば手に良く馴染む。
 「おじいさんがこの丸いうちわを気に入っちゃってね。ちょうど良い竹がここでも採れるからって、この時期はこればっかりだよ」
 「紙は?」
 バルは笑顔で首をかしげた。おそらく何か思い出している。
 「ああ、紙はね。桜牙さんちから貰わないといけないから、まだないんだ。明日ランちゃんが来るから、その時かな。絵はもう入ってるんだよ。金魚とか」
 地名が出てこなかったのだろう。まるで誰かの家のような言い方だ。
 郵便屋の少女の名前が出てから、彼は妙に嬉しそうだ。いつもニコニコしているが、それ以上だ。
 働く子供の境遇を憂いている割には、バルはひたむきに働く子供を応援している。懸命に努力する小さな背中をそっと支えたいのだと言う。
 しかし言葉とは裏腹に彼の態度は過保護とも言える。しいやちあに対しても、全力で子ども扱いし、身の回りの事も細かく忠告し危険からは必死で遠ざけようとする。こういった事をされるのに慣れていないちあは、照れ隠しでしいに当たるので少々困っていた。
 優しすぎて少し迷惑なくらいだ。
 それでも、ちあはこの悪気のない笑顔の前では文句が言えない。近所の子供も、気を使っていると愚痴をこぼしていた。
 郵便屋の少女はどうなのだろう。
 会うたび10~20の忠告を長々聞いている彼女の笑顔の裏では、ちあと同じようにイライラが練りあがっているのだろうか。
 「出来たら、うちわ、しい君にもあげるね。そうだ、ランちゃんにもあげよう」
 へらへら笑いながら、裂いて開いた竹をくるりと回すと、その一本が目をかすめたらしく痛そうに目を押さえている。
 こういう抜けた様子を見ると、少しだけ自分の父親を思い出して胸の内に温かいものが生まれる。
 彼の作ったうちわを使う頃までは、この土地にとどまろうと思った。
 この村で、命を熱狂的なまでに賛美する暑い夏を過ごしたい。昼となく夜となく命あるものが鳴く、実を結ぶために咲く大輪の季節をこの村で感じたい。
 工房の外で良い風が吹いている。ざわざわと葉をこすりあう音がしばし続くと、閑散とした静けさが戻ってきた。
 

 

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