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2年前にブログにアップしたものを2個にまとめただけで、ほとんど手は加えられていませんが、交流版投稿用として再アップいたします。

舞台:イムナ村
視点:バル
登場人物:カイエ 他未登録
時間軸:カイエORPG登場の半年前

注意描写: 嘔吐 流血 腐乱死体 白骨死体 人体切断 他変態

以上のシーンが含まれますが、大丈夫な方は追記ボタンをお願いします
バルサンのイベント内容をカイエがクリアしたであろうというパラレルとして見ていただけると幸いです。
 



 

 


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいどうしてこんなことになったのだろう本当にごめんなさい生きていてすいませんお願いだから生かしてすいませんすいません気が付いたら日常に戻ごめんなさいごめ・・・戻っていたりしないだろうかお願いします臭い臭い臭い死臭腐臭吐瀉物流血臓物本当にすいませんでした
 小さな箱の中に入り込んでぼくはガタガタと震えていた。化け物のひときわ大きな叫び声で一瞬だけぼくは正気に戻る。
 真っ暗闇。それもそのはず箱にはわずかな隙間しかなく、その上箱の外は夜なのだ。ギリギリまで開いた瞳孔が光を求めて世話しなく探し回るが見つからない。
 沸騰しそうな頭でぼくは誰なのか、どうしてこんなことになってしまったのか思い返した。
 
 歴史的建造物の多い街は観光地としてにぎわっていた。およそ300年ほど前に起きた大きな戦争で近隣の都市跡はほとんど灰となってしまったのだが。奇跡的にもこの街には600年前の大聖堂やそれよりも昔の様式で作られた巨大建築物などが破損も少ないまま残っていた。この古代の時間を今に残すべく、街の人々は昔からこの歴史ある建物を守ってきた。
 ぼくが住む村には、有名な歴史のある建物ではないが、曲がりなりにも旧時代の様式で作られたステンドグラスのある教会が一つだけ残っていて、それを目的に細々と旅人や観光客が訪れていた。
 だが、去年の暮れからやけに人の変死が目立つようになった。老人や子供に限らず、病気とは無縁そうな若い衆までもが理由不明のままぱたりと死んでいった。いや、正確には胸を押さえ苦悶の表情が凍りついていたらしい、どうしてか顔を戻すことが出来ず土に埋まるまで苦しんだままだったという。
 そう大きくない村にとってそれはとてつもない恐怖だった。
 疫病だろうか。呪いだろうか。悪魔の因子じゃないのか。憶測が飛び交う中、教会を訪れた観光客が一言漏らした言葉に村人は混乱した。
 「いますね。ここの教会。よく清めた炎で燃やすことをお勧めしますよ」
 冗談じゃない。もうずっと昔からこんなことなんてなかったのに。老人が口々に言った。今までこんなことがなかったから教会も、村も何事もなく暮らしてこれたのだろう。
 ぼくは年の離れた姉に連れられて越してきたよそ者だから、村の人の気持ちはよくはわからなかった。だがその姉が風邪に倒れたのだから、ぼくの心情は荒れていた。
 確かに死んでいった人々の症状と姉の症状ではまるで違ったし、姉自身風邪だと言い張る。だが姉の夫は先々週何で死んだのだろう。
 もう戻れない。
 豊かな緑で溢れたささやかな生活は、いかにも幸せなことだろう。目を覚ませば腰の低い日の光を浴び、気持ちよく湿っぽいさわかやな朝の匂いを吸い、畑で取れた野菜と鶏の卵で朝食を作り、生意気になってきた甥っ子とまだ着替えるのもおぼつかない姪の世話をしてから工房へ向かい、師匠に怒鳴られながら仕事を始める。
 なんて幸せだったのだろう。
 今の惨劇に視点を戻すと、枯れたと思った涙がまた溢れてきた。喉が震えて痛い。唾液に鼻水に、また涙。もう何も出るはずがないが嘔吐感。
 もう許してくれ。
 箱の隅にはすでに吐いたものがあり、まだ麻痺しない鼻が新鮮な空気を求めてジンジンする。
 でも駄目だ。白骨も腐りかけも、ぼくがここに居ることに気が付いてないのかもしれない。だとしたらぼくにはまだ帰る家があることになる。
 このまま朝になればきっと。

 観光客が言っていた焼き払うという案はもみ消された。村の住人が誰も許さないのだ。歴史的建造物に対して、まだ何も確認していないのに乱暴なまねはできない。保守的というわけでもない、ぼくもそう思った。
 先月から教会は閉鎖され、誰も入れなくなったのだが。近隣住民は奇妙なうめき声を聞いたと言う。
 夜、カラカラと乾いた物同士がぶつかる音や、声が聞こえた翌日には教会全体から腐ったものの匂いがした。もはや教会に何かがあることは確定された。だが誰もその『何か』の正体を見ていない。
 悪い噂が街のほうまで届くようになると、焦った村の重役たちは判断を見誤った。
 高名な退魔師を呼んで大規模に教会の浄化を願うか、通りすがった観光客の言うように教会を燃やすべきだった。
 自警団の比較的若い男を集めて、退魔のまじないも施されていないただの剣や槍を持ち夜の教会へ赴いてしまった。
 姉には止められたが、成り行きや義兄が死んだこともありぼくは家に留まっていられなかった。
 教会に入って1時間足らずでぼくは激しい後悔をすることになる。
 聖堂には何もなかった。月明かりを透かした美しいステンドグラスが緊迫したぼくらを見下ろしていた。
 17人の統率の取れない村人の編成だが、3つに別れて各部屋を調べることになった。ぼくは他の5人と共に2階へ向かい、そして異臭に身をかがめた。階段の途中には腐りかけた人間の腕が転がっていた。友人だったラインが泣きそうな声で引き返そうと言った。ぼくも同じことを思ったが、年長者4人は何のためにここまで来たのだと彼を一喝した。
 その時、臆病者めと言い添えた3つ年上のサイマン。それがぼくが聞いた彼の最後の言葉だった。
 少し進んだすぐ後、廊下の右側の大きくない部屋があったのだが、その開いた扉からサイマンが部屋を覗き込んだ。
 奇妙な音を立てて、サイマンの斜めにした体がそのまま床へ崩れこんだ。
 ぼくは悪い冗談であることを願った。
 駆け寄った別の男が声を押し殺した。崩れたサイマンの体には首がついていなかったからだ。
 ラインの叫び声が、合図となったのだろうか。
 カラカラと乾いた音に、湿っぽいものを引きずるような汚い音、どんな動物の咆哮か想像もつかない声。音、声。
 ぼくは恐怖と驚きで困惑し、ずるずると後ずさりしていた。すると何かにぶつかった。
 振り返れば死んだ義兄の顔。
 その顔が生気満ち溢れ、快活な笑みをたたえていたらぼくはどんなに嬉しかったことだろう。
 義兄は腐っていた。表情は土に埋めた時のあの顔のまま。
 そのときのぼくは恐怖なのか悲しみなのかわからない涙が勝手に溢れていたらしい。
 思ってもみない再開に硬直したぼくに対して義兄は、虫のわいた顔を近づけて獣のような大声をあげた。
 ハッとした。
 その時周囲には顔見知りだった者の死体たちが、まるで生者のように動きまわり、下の階や先ほどの小部屋から這い出してきていることにぼくはここへきてやっと気が付いた。
 果敢にも手にした剣を振り回し戦おうとしていた年長者3人はすでに死体たちに囲まれていた。
 まさかとは思っていたが、ぼくらもここまで死体の数が多いとは思っていなかった。
 死体たちは、一体どこから入手したのかわからないこの辺一帯では見かけないような武器をそれぞれ手に持っている。その武器は、ぼくらを仲間に入れようと頭から降りかかって来るのだ。
 白骨が何体か混じっていた。こうなってしまえば誰だかわからないが、3人のうち誰かの剣の先がたまたま当たって白骨の頭部を転がした。思ったとおり、アンデッドらしく何事もないかのように頭蓋骨を失った骨はそのまま立っていた。だがしっくりこないのか手近にあったサイマンの頭部を掴み、自分の首の骨の上に乗せた。
 骨の体とのミスマッチのようだが、サイマンだった顔は血のたれた唇の端を持ち上げて笑った。
 すでに剣を捨てていたぼくは、震えて動けなくなっているラインの腕を掴み、廊下の奥のほうへ走っていた。
 誰かもわからない断末魔の叫びが背後に響く。
 どこへ逃げればいいのかわからない。下の階、外へ向かう道は閉ざされた。この奥に希望があるとは到底思えない。だがぼくはあの死体たちの居ないところへ走りたかった。
 ラインの体が重く、ぼくは引きずるように彼を運んでいた。彼の荒い息遣いだけが気持ちの支えになっていた。他の11人は無事だろうか、あちこちから聞こえる叫び声が絶望へと追いやる。
 別の1階への階段のところまでやってきた。もしかしたら降りられるかもしれない。
 期待はめまぐるしいスピードで打ち消された。階段へ曲がろうとした瞬間、赤いローブの影が立っていた。
 瞬間的に、この赤い影は死体ではない、まして人間でもないと感じた。
 立ちはだかられてこのままでは階段へは下りられない。こいつが居る限りこの下が安全とは思えない。ぼくはそのまま赤い影の前を走り抜けようとした。
 赤い影は、鎌を持っていなかったか?
 ぼくの姿を確認した影はその鎌を振り上げていなかったか?
 思い出すと、一瞬一瞬が写真のように静止しているような錯覚を覚える。
 影の前を走り切ったぼくは腕を伸ばしている、ラインの腕を引っ張ったままなのだから。
 ふいにその腕が軽くなる。このときなんとなく予感していたのかもしれない。ぼくは綱引きの綱が切れたような激しい反動によろけながら後ろを振り返った。
 ぼくが掴んでいたラインの腕、その先にラインはいなかった。
 切断された腕から血が吹き出して自分の顔を赤く染めたラインは、恐怖と悲痛の表情でぼくの名前を叫んだ。
 この後のことは思い出したくない思い出したくない思い出したくない。
 最初からまともな判断なんて出来ていなかったのだろう。目が回り、気が動転し、ぼくをとりまく世界が二度と訪れない朝を嘆いているように感じた。
 
 今もまだ死体たちのあげる音は聞こえ続けている。どれくらいの時間が経ったのかはぼくにはわからない。とにかく早く朝になることだけを願った。
 あふれ出す恐怖に、ぼくは折りたたんだ膝に噛み付いた。痛いと思う、そう感じてる間は他の感覚を紛らわすことができた。
 全身汗やらなにやらでびしょ濡れになっているがそんなことはこんな切迫した狭い空間では気にならない。ただぼくは震えて明日の朝日を願うだけ。誰にともなく許しを乞う。
 カサカサとすぐ近くで音が聞こえた。むしろ箱の内部。
 ぼくは心臓がはじけるような熱さと冷たさを同時に感じた。
 どうしてこんなに驚いてしまったのだろう。ぼくは、立ち上がってしまった。
 箱のふたが爆破したように吹き飛んだ、足元を見るとただのネズミがいた。
 部屋には窓がなかった。いや、今までの道で窓が一つでもあったら飛び降りている。この教会にある窓は全て天井にしかない。壁は頑丈に作られており、剣でぶち抜くということはできない。
 ぼくが入り込んでいた箱の周りにはおびただしい数の死体が、完全に死んで横たわっていた。
 白骨と腐乱の数は半分半分か、その死体たちはまるで自分たちで戦い合って力尽きて倒れているように見えた。
 遠くの叫び声がだんだんと近くなってくる。どうやらぼくがここに居ることが音か振動か何かでわかってしまったようだ。
 きっと数分待たずにここに動く死体たちが集まってくるのだろう。
 その中にはおそらく他の自警団員が死んだまま混ざっているのだ。
 サイマンが首を探して剣を振り回す。恐怖が容易に想像される。
 ラインまでも―
 ぼくは足がガタガタ震えて、もう走れるような状態ではなかった。
 バル・・・バル・・・、とラインの声でぼくの名を呼ぶ幻聴が聞こえる。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ
 ぼくはなんだか、もう死んでもいいような気がしてきた。
 その時、
 あまりに切望するものだから、朝がいっきにやってきたのかと思った。
 視界は真っ白な閃光と激しい破壊音に全てかき消されてしまった。
 ぼくの左横の壁、鉄も入っている。その壁が、光と共に爆散した。
 すぐに光は収まった。ずいぶん小さい頃に街で見た、戦争に使用された魔道兵器のパフォーマンスを思い出した。光をまとった砲弾が、取り壊される建物へ向かって放たれた。それは破壊というより、消滅の言葉を用いたほうが良いような怖ろしい力で建物を消し去った。
 小型なのか、そう思わせる威力で壁を破壊し、室内を光でとろかしながら砲弾は着地した。
 着地?
 目を疑った。
 それは砲弾ではなかった。外の明かりが部屋へ侵入してランプを消したように大人しくなった影を照らす。
 とても小柄な少年のシルエットだ。
 大穴から風が抜けた。その風ではためいた彼の衣服がぼろぼろだが聖職者であることを示している。だが両腕に巻きつけられた端の切れた包帯がまるで重症のけが人か、もしくは周りのアンデッドの類のように思えてしまった。
 彼は救世主なのか。
 少年が立ち上がったとき、ちょうど何人かの死体が侵入してきた。
 手に持っていた杖全体から薄く発光する煙が出る。彼はうつむいて何か小声でつぶやいてから、大きく振りかぶり、杖を真横にないだ。
 爆音と共に吹き飛んだのは死体たちの分断された上半身と、壁。先ほどからそんなにやわな作りではないと認識していたはずの壁がウエハースを割るように粉を撒いて崩れていく。
 広くなった教会の一角に、死体たちが集まってくる。
 杖から放出された煙はもう収まってしまっているが、白骨が振り下ろした剣を絡めとり、反転させて先の部分で肋骨の中心を砕いた。その骨はもう動くことはなかった。
 迫り来る死体たちを、杖を体の一部のように扱い砕いていく。彼は飛び散る血や内臓など気にも留めずあの小さな体から想像もつかない力を出して闘っていた。
 初めて彼がぼくのほうへ顔を向けた。真っ白い顔に真っ白い両目、狂気じみた小さな黒い瞳は世話しなく動き続けている。不気味な顔だった。その印象に拍車をかけるようにその口は裂けたような三日月に笑っていた。 
 ぼくは声が出なかった。もうすでに彼がぼくを助けてくれるものだと思ってしまったことにより気が抜けたのだ。だが彼の顔を見るとそれが馬鹿な考えだったように思えてくる。影の奥に立っているぼくに彼は気が付かなかったかもしれない。だが、もしも彼がこの死体たちと同じだったらどうなるのだろう。動くものを全て排除してから生きたものを喰らうのではないだろうか。
 白骨と腐りかけはどうやらぼくら、生き物がいないところでは闘い合っているように思える。いつまで経っても叫び声がやまないのはそういうことなのではないのか。
 彼も、他の死体たちの競演に参加しにきたということなのか。
 村はもう終わりだな。そう思った瞬間、突然彼に襟首を掴まれて凄い力で引き上げられ、そのまま横に並んだ白骨の群れに叩き込まれた。背中でガラガラと崩れる音と骨たちの手にしていた武器がいくつか腕やわき腹に刺さりひどい痛みを覚えた。
 ぼくが叫ぶと、他に気を回していた彼が驚いて文字通り目を丸くさせた。
 「アンタ生きてるのか!」
 顔に似合わず案外可愛らしい声だ。その活力溢れる声に彼に抱いていた疑念が払拭される。そもそも教会の壁を破壊して入ってくる時点で、こんな神々しい力を死体が持っているはずがないと思うべきだ。
 襲い来る腐りかけを蹴り出して他の数体も一緒に遠ざけると、彼はぼくに駆け寄ってまた襟首を掴んで無理やり立ち上がらされた。
 「他に生存者は!」
 高い音域なのだが、力強い怒号のような声に圧倒されてしまう。
 わからない、と告げると彼は目を細めた、背後に迫っていた骨の刃を逆さにした杖の先端で砕き、そのまま引き上げて骨の顎を割った。その白骨はさらさらと白い粉末になって空気に溶けた。
 怖ろしい強さだ。村はもちろんだが、街ですらこんなてだれは見たことがない。ただぼくがその道の見識がないということもあるが。
 まして13,4ほどの少年だ、ぼくより10ほど幼いと思われる。なぜこんな子供にそんな力があるのだろうか。
 振り返った彼は、最初の不思議な光のような力は使わず体術だけで死体たちをねじ伏せていく。どうしてだろうか、驚異的な体力なのは見てわかるが彼の体にはすでにいくつも切り傷が走っている。あの光を使えばそんな怪我をしないですぐに片付きそうなものなのに。
 ぼくはふと、背中に刺さったはずの短剣や骨の痛みを感じないことに気が付いた。
 まさか掴み上げられた瞬間に治療されたのだろうか。
 「おい!にいちゃん、戦えないなら逃げれ!」
 ぼくはハッとした。一方的に観戦していたのだ。
 彼は裂かれた上着を引きちぎられているところだった。あらわになったわき腹にはどくどくと赤い鮮血が溢れている。
 振り返ると、あんなに望んでいた外の景色が見える。飛び降りたって死ぬような高さではない。
 だが、ぼくは向き直った。
 口を引き締めて彼を見た。
 助かることしか考えないことは愚かではないと思う。だが助けを求めた手を握ってくれた人物に振り返りもしないなんてことはしたくない。
 今日を生き延びても、またいつか会えるラインに会わせる顔がないだろう。
 ぼくの意思を汲み取ってくれたのか、彼は白骨から一本細めの剣を奪い取り、流れ作業で剣を床に差し、その白骨を蹴り上げながら小声で何かつぶやくと杖の輪の部分が淡く光り始めた。その輪に剣をくぐらせるとその光が剣に宿った、かと思うとすぐに消えてしまった。
 「根性見せろよ」
 彼はそういうとその剣を僕に投げてよこした。手にした剣は見た目よりも軽く、刃の部分には確かに先ほどの光がちりちりと溢れていた。
 近くで剣を振り上げる白骨に、ぼくはまだ震える手で細剣を掲げた。不思議なことに、バターを切るように年長者の体を斬っていたその力を、ぼくは抑えている。驚いていられないのはわかっているので、すぐに剣を弾き、斜めに鎖骨めがけて祝福された剣を振り下ろした。
 乾いた音で崩れ去る白骨。先ほどの彼がやったように骨は粉になって消えていった。
 勇気付けられたぼくは奮闘した。今の人生で剣を振るったことなどほとんどない。そんな拙い技術だが何もしないでここで見ているよりずっと良い。そう信じた。
 少し経つと部屋になだれ込んできていた死体の数も減ってきた。
 ぼくの息は最初から荒いのだが、彼の呼吸も少し辛そうになっていた。顔中に浴びた返り血や腐りかけの内臓の下に、彼はいくつも怪我を負っている。最初から腕に巻かれていた包帯だって、こういった怪我の治療のために巻かれていたのだろう。なぜ、彼はぼくの怪我を治しても、自分の怪我を治さないのか。
 「そろそろ部屋を出るぞにいちゃん」
 口の端をにやぁと、吊り上げると彼はそう言った。
 壊した壁に向かって走り出してしまったので、ぼくは大急ぎでそれについていった。
 彼の足は速い。しかも廊下で襲ってくる死体も一緒に押しのけながら走っているというのに、ぼくは彼から渡された細剣を放してしまいそうなほど必死で走っている。
 「にいちゃん、アンタ名前は!」
 彼の問いかけにぼくは答えられなかった、喋られる状況ではない。
 ぼくが何も言わないと、彼はすぐ脇の開いている部屋へ入った。その迷いのない動きと、彼が入った後すぐに破壊音が聞こえなかったことから、彼は死体の位置が目で見ないでわかるのかもしれない、と思った。
 信頼して続けざま、ぼくも部屋の中へ飛び込んだ。
 天窓もない、一際暗い室内だった。何の用途で使用されたのかわからない、何もない部屋の中心にはイスが一脚だけ置いてある。
 ぼくは彼の姿を探してしまった。彼の容姿は闇に溶ける。
 白い目が二つ、かすかに光ってこっちを見ていた。あんなに騒がしい音を立てるというのに、今度は完全に彼は無音でたたずんでいる。さっきまで立てていた息も殺して。
 一体この子供は何者なんだろう。
 死体はどうも、音や動きがあるほうに対して過敏に反応するように思える。ならば扉を閉めてしまえばここは少しばかり安全といえる。
 聞こえないような声で彼は、先ほどの質問を繰り返した。
 肩でする息を抑えようと胸を掴みながら、ぼくも小さな声で答えた。
 「ぼくはバル」
 彼の口の端がまた引き伸ばされる。
 「僕はカイエ」
 部屋の光源は、ぼくの手にあるちろちろと輝く細剣のみ。こればかりはどうしようもない。
 「何人で、ここへ入った」
 短く切られた言葉、余計なことは一切話す気はないようだ。そんな余裕はぼくにもないが。
 「じゅ、17」
 「死んだのを、見たのは」
 「さ・・・3人か、4人・・・でも、みんなもう・・・」
 確かにぼくは他の人が死んだところなんて見てはいない。だが絶望的だと思った。
 カイエは伸ばされた口を戻そうとしない。
 「じゃあ、あと13人、助けよう」
 どうしてこんな状況なのにそんなことが言えるのか、ぼくには理解できなかった。目頭が熱い。
 なんで、どうして。よりによって。
 これから思う言葉はぼくは口にしてはいけないと分かっている。だがどうしても溢れてしまう。
 「キミは・・・なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」
 ぼくは両手で顔を覆って俯いた。彼がどんな顔をしているか見たくなかったからだ。
 彼さえもっと早く来てくれればこんな風にぼくらが夜の教会に突入することもなかった。ましてや疫病のような変死がはやることもなかったかもしれない。義兄は死なないですんだかもしれない。姉が村の老人から、隔離しろなどと冷たい暴言を浴びせられることもなかったかもしれない。
 なんで、なんで、とつぶやくぼくは最低だろう。
 また頭の中がぐるぐると回転しはじめるような気がした。
 トタ、と床に何かが落ちた。カイエの足元だ。
 見上げたぼくは、自己嫌悪で死にたくなった。
 
 彼は泣いていたのだ。
 「ごめんなさい、なんて言うのもおこがましいと、思う」
 顔中をしわだらけにして、涙を流していた。頬を伝う涙の筋が血を洗っているような錯覚を見た。
 どうしてぼくという人間はこんなに自分本意なのだろう。彼は何を思ってぼくらを助けてくれようとしているのか、この死体の群れたちを見て彼が何も思わず壊し続けていると、思ったのだろうか。なんてぼくはひどいヤツなのだろう。
 彼はぼくよりも10近く幼い子供だというのに。
 「みんなが死んだのは、確かに僕のせいだ。本当になんて言えばいいのかわからない」
 違う。彼は何一つ悪くない。
 後悔するとわかっていながらも、言ってしまった。戻せるものなら時間を1分前に戻してもらいたい。
 悪いのは、この死体を操っている元凶だ。何の確証もないが、きっとあの赤いローブの影。
 ぼくは自分に対する憤りなどのたまった感情で声を震わせた。
 「赤い、かげが・・・」
 カイエは頬の傷に涙がしみてしまったのか右のほうだけ拭っている。
 「それが、頭か」
 切り替えが早いのか、キッとぼくを見据えてくる。だがその目の涙は止まっていない。
 「きっとそうだ、ラインを殺したのもきっと・・・村をこんなことにしたのも全部全部」
 奥歯がカチカチとなる。わけのわからない感覚が体中に駆け巡る。
 「バルにいちゃん、アンタはここに残るか」
 カイエの突然の申し立てにぼくはにらむような顔で答えてしまった。
 「嫌ならば、ここに穴を開ける。そこから飛び降りろ」
 全くひるむ様子なく、彼は淡々と告げる。いやだ、と言おうとしたら彼は蛇のような目でにらみ返してきた。
 「僕はアンタを生かして帰さなければならない」
 水のような冷たさを背筋に感じた。その言葉には目に見えない重さがあるように思える。
 誰の依頼で彼がここへ来たのかわからないが、こんな危険なことを請け負うなんて命知らずもいいところだ。もはや彼にはそういった次元でものを見ているようではないのだろう。
 なんて言えばいいのか、色々考えてしまった。どうすれば彼を説得できるだろう。
 「ぼくはキミがここを生きて出るところを、見届けたい」
 言い終わると同時に、部屋の扉がノックされた。緊張が走る。
 ぼくはカイエが扉を蹴破って吹き飛ばすと思った。だが彼はしなかった。
 ガチャリと、ドアノブが回って扉が開かれた。入ってきたのは小さな女の子だった。
 腐敗が進んでいないから一瞬息を呑んでしまった。だがその子の目は生気がなく、ドロだらけの服が他の死体と同じだということを物語っている。
 ぼくは言いようのない感覚に襲われた。この子に剣を振り下ろせない。
 彼女は姪の大の仲良しだった子だ。よく家に遊びに来ていた。彼女の屈託のない笑い声がいきなり耳に蘇った。
 カイエは、そんな彼女に薄く光を帯びた杖を振りかぶる。
 「やめ―」
 ぼくは思わず叫んでしまった。叫びはむなしく響き、カイエの振り下ろした杖が触れたところから彼女の体は溶けて光の粒子になって飛んでいった。
 だから彼女は死んでいるのだ。他の死体と何一つかわらないのだ。
 カイエは、後悔しっぱなしのぼくの胸倉を掴むと大声を張り上げた。
 「覚悟しろ!何があってもひるまない覚悟だ!生半可な気持ちはここで死ね!ついてくる気があるなら死体を見るな、敵を見ろ!」
 言い捨てると、胸倉を突き放された。ぼくは下唇を噛み締める。血がにじんできたところでぼくは手に持った剣を強く握った。
 前を見ると、もう彼は走り出していた。

 

 信じられないことに疲労感はあまりなかった。
 カイエは、申し訳ないくらい頻繁にぼくのことを治療したのだ。不思議な力だった、治るのは怪我だけではない。彼の力が注がれるたび、先ほどまで箱にうずくまって吐いていたのが嘘のように、ぼくの心は奮い立たされた。
 それでも、彼はどうしても自分の回復だけは行わなかった。自分の治療ができないとは思えない。そのような法則は聞いたことがなかった。
 彼はまだ、生存者が居ると信じている。
 一度、死体たちに囲まれたときにもらした言葉があった。
 「バルにいちゃんが生きてて他のヤツが全員死んでるなんてことぁねえだろ!」
 必死だった。
 それこそ悲痛な叫びのように聞こえた。
 部屋一つ一つをしらみつぶしに確認していったが、ぼく以外の生存者は見当たらなかった。
 カイエはその時泣いていなかったか。
 最初に集まってきた以外の死体たちは、村の住人だった者たちではなかった。その誰とも知れない死体たちは他の村人たちより力が強いのだ。ぼくの怪我は増える一方で、彼の負担も大きくなるばかりだった。
 何度となくぼくは、外を振り返ってしまった。もう退こう、と。
 もう生きている者はいないのだ。
 だがカイエはそのたびぼくをにらみつけた。絶対に自分は死体の最後の一人まで破壊し尽くす。いや、最後の生存者まで探しつくす。という意思を持った目だった。
 置いていけるわけがないだろう。こんな少年を。
 彼が奇跡の力を自分に使わないのは、今まさに消えてしまいそうな命のためにとっておいているのだ。ぼくはそう感じた。
 視界に入る最後の腐りかけを殴打すると、その勢いで一緒に床を破壊した。
 大穴が開いたそこに迷わず彼は飛び降りた。1階だ。
 ぼくも下に彼が居ないことを確認してゆっくり降りたのだが、そこは聖堂わきの細い通路だった。
 見るとカイエは聖堂への扉を蹴破っている。
 ぼくも続いて聖堂に駆け込むが、そこにはもはや見慣れたバラバラになった死体たちが転がっていた。
 ステンドグラスで彩られた広間では、各々死体たちが戦い合っていた。不思議なことに音を立てて蹴破ったはずのカイエには目もくれない。
 それでも彼は死体たちに容赦しなかった。
 ぼくはぼくで緊迫した状況に追いやられていた。
 義兄だ。
 手にした細剣をぼくは構え、苦しそうな顔の義兄と対峙した。
 いいや、目の前のこの死体は義兄ではない。
 存在を許されない哀れな敵なのだ。
 死体が振り下ろした斧をかいくぐって懐に入り、ぼくはその腐った体に剣を突き入れた。手の感触がやけに悲しい。
 浄化の形は個人差があるらしく、義兄だった体は白い砂のようになって崩れ落ちた。
 ぼくは優しかった義兄が大好きだった。
 幼い頃生き別れた兄の姿と重ねていたのかもしれないが、本当の兄のように慕っていたのだ。
 なかなか村に溶け込めないぼくを最初に気にかけてくれたのは彼だった、今思えば姉目当てだったのかもしれないがそんなことはぼくにとってどうでもいいことだった。彼の本意がどうであれ、ぼくは義兄に感謝している。これからも。
 ああ、あの赤い影。
 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 ぼくらの日常を返して欲しい。
 周りが少し静がになった。カイエが全て黙らしたのだ。
 だが彼ももはや、杖に体を預けてやっと立っている状態だ。彼はあの小さい体で血を流しすぎている。
 『人間は、なぜ我らの宴を妨げる?』
 カイエが突然ぼくのほうに視線を向けた。いや、正確にはぼくのすぐ隣だ。
 赤い影。目深に被られたフードで顔が見えない。
 「アンタやっぱり魔物か・・・」
 カイエが目を見開いて狂人のような顔で笑う。
 影が少しばかり顔を上げた。そこから見えた顔は―ラインのものだった。
 ぼくは数歩ほどよろける様に後ろへひいていた。
 彼が生きているはずはない。まして彼が魔物だったわけもない。
 ラインとは一緒に育った仲間なのだから。
 「バルにいちゃん・・・、そいつに体はない。その時々に生きた人間の体に取り憑いて遊び歩く死に喰い虫だ、死体を操って食べる。だがこんな力はないはずだが・・・?」
 困惑の混じった顔のカイエをよそに、ぼくは歓喜した。
 もしカイエの解説の前半部分が正しいのならば、ラインは生きている!
 床には切断された腕から流れ落ちた血で、血だまりが出来ているが、早く治療すれば助かるかもしれない。
 だがこの剣でラインを貫けば、きっと死に喰い虫は殺せるかもしれないが、ラインまで死んでしまうかもしれない。
 ぼくの脳裏でカイエの言葉が復唱された。
 敵を見ろ。
 「ごめんね。ライン、もう見捨てないから」
 剣を構えてぼくはまっすぐラインに向かっていった。大きいものを得るためには覚悟が必要だ。
 ぼくが持っていた剣は赤いローブを貫いた。
 そのローブがもやになって溶けると、ぼくの口の中へ入っていく。
 後ろに倒れるライン。彼に傷なんて負わせていない。ぼくはラインの脇をすり抜けてローブにだけ剣を突き入れたのだから。
 なんとなく意識が混濁してきた。これが乗っ取られる感覚なのか。 
 視界の端でカイエが高く飛び上がったのを見た。手にはさっきまで寄りかかっていた杖。まるで最初に会ったときのように光り輝いている。
 その光はぼくやラインを包み込んだ。今までいくら剣や斧を受けても傷一つ負わなかった硬い杖は、ぼくめがけて振り下ろされる。

 
 朝日を透かしたステンドグラスの色とりどりの光がまぶしかった。
 ああ、太陽はこんなにも力強いものだったのか。とぼくはしみじみと思った。
 ぼくは死んでいなかった。
 急いで起き上がったぼくは驚いた。
 ぼくの横には血の止まったラインに、あと3人の自警団員が気を失っているように寝かされていた。
 その顔にはピンクがさし、生きているということがすぐにわかった。
 泣きそうな感動だ。
 だが泣いていられない。このみんなはカイエが運んだと思われる。彼はどこだろうか。
 見回せば、ぼくがさっきまで立っていた場所が視界に入った。イスは吹き飛び壁には大穴が開いていた。だがぼくはこうして生きている。彼は捨てようとしたぼくの命すらも助けたのだ。
 彼はぼくらの村を救ってくれたのだ。
 立ち上がったぼくは走り出していた。探さなければ。
 もしかしたら何も言わずに去っていってしまったのかもしれない。
 そんな名もなき英雄のようなことはさせない。彼は名声を得るだけのことをしたはずだ。
 ぼくはきしむ体に鞭打って方々探し回った。最後には教会の裏に来てしまった。
 表のほうでは騒がしい声が聞こえる。どうやら村のみんながやっと教会内に踏み込む決心をしたようだ。
 このままでは、あの横たわった4人が英雄になってしまう。
 村のみんなには真実を伝えたかった。その真実のためにはカイエが姿を現さなければ。
 木立に少し入ったところで、全身血だらけの赤い小さな影を見つけた。
 一瞬そのシルエットで死に喰い虫を思い出してしまったが、カイエだ。
 杖に全体重をかけてゆっくり進んでいる。だから、なぜ、もう脅威は去ったのだから自分の治療に力を回さないのだ。
 ぼくはその後姿に涙ぐんでしまう。
 どうして彼は休まないんだ。
 「カイエ君!!」
 ぼくの呼びかけに、彼はゆっくり振り返った。目は丸く見開かれている。
 こうして明るいところで見ると、彼は本当に子供だった。
 発展途上の低い身長や、引き締まった細い体型、村には同じくらいの子供が何人もいる。
 なんでそんなに必死に生きているのだろう。ぼくは聞きたくてしょうがなかった。
 今にも崩れ落ちそうなカイエに駆け寄ろうとしたのだが、それはすぐにできなくなってしまった。
 左横の木の間から、緑のリボンのように細いベルトが飛んできてカイエを捕まえると、魔法の効力なのか数十倍の長さに伸びて彼の全身に巻きつき、蓑虫のように転がった。
 何が起きたのかわからなかった。別の、敵だろうか。
 安心して丸腰だったぼくは、思わずその場に立ち止まってしまった。
 「も・・・もうしわけございませんわ、カ、カイエさま」
 女の声が聞こえた。緑のベルトが飛んできたほうからだ。すぐにその声の主は姿を現した。
 まだ若い女だ。丸い眼鏡をかけて金髪のみつあみを二つ垂らしている。コレだけ見れば真面目な少女のようなのだが、服装に問題があった。
 変態だ。
 赤と青の薄く細いベルトをわずかに乳首を隠す程度に巻いており、その胸は男性ではないかと疑うほど平たい。上半身はほとんど露出され、下半身は奇抜なファッションを好む魔法使いの女性のようなスカートをはいているのだが、そのスカートは透けてピンク色の下着が薄く見えている。
 間違いなくかかわりあいになりたくない人種だと思ってしまった。
 「ああ・・・カイエさまカイエさま。なんてことですの。またこんなにぼろぼろになって」
 緑の蓑虫になったカイエの顔の横に膝をつく女性。どうやら敵ではないらしい。
 ぼくも転がった彼のもとへ走った。
 出来れば彼女とは関わりたくないと思ってしまったが、彼に関連する人物ということならばそうも言っていられない。
 「なげかわしいですわ・・・あたくしひじょうに悲しく思っております」
 彼女は両の手で顔を覆う。見ればカイエは完全に白目をむいて気絶していた。
 「あ・・・、あの。すいません、カイエ君の保護者の方でしょうか」
 ぼくはついクセで、自分よりも年下に見える彼女に対して下手にでてしまった。というか、少々怖かったのだ。 
 顔をあげた彼女の顔は、眼鏡で一見わからないが、綺麗な目をしていた。気圧されるほど、力のある目だ。
 「そういうあなたは、何者ですの?あたくしはウルー。緊縛呪術専門の魔女にございますの。このような姿勢で失礼ですが、あたくしは彼の同僚すの」
 そう言って彼女はうやうやしく一礼した。
 「あ、その。ぼくはこの村で竹細工を作っているバルというものです・・・」
 ぼくもならって彼女に会釈した。
 「ではバルさん、あなたは一体全体このいやしいあたくしめにどんなご用があるというのでしょう」
 「いえ、あなたではなく。そちらのカイエ君に、礼を言わないといけないのです」
 「あらあら、丁重にお断りさせていただきますわ」
 わけのわからない反応を返されてしまった。どうやら普通の会話は望めないようだ。
 仕方がないのでぼくはこの教会で起こった出来事を端から彼女に伝えることにした。
 「・・・そんなことがございましたの・・・。申し訳ございませんわ、あたくし早とちりしてしまい」
 「いや、あの・・・ぼくまだ何も言ってないのですが」
 なぜこんな素っ頓狂な会話をしないといけないのか。カイエは目を覚ましてくれないだろうか。
 「よくわかりましたわ。でも、あなたは気が付いていらっしゃらないでしょうけれど、死に喰い虫以外にも骨喰い虫が混じっていらしたの」
 驚いた。意味の分からないことを並べているだけかと思ったら、ぼくが話してもいない死に喰い虫の話をし、なおかつ見てきたかのように別の魔物のことを言おうとしている。
 やはり、彼の関係者ならば普通であるはずはないと言うことか。
 「まるで見てきたようですね」
 皮肉ではないが少し棘のある言い方になってしまった。
 「見てきましたわ、あたくし腹がたってやっつけてしまいましたわ。死に喰い虫と骨喰い虫は、お互い死体を操って、どちらのほうが力が上なのか勝負しておりましたの。質問されるのが、あたくし嫌いなので先に言わせてもらいますが、両方のごみ虫ちゃんたちはどちらも変異種だったと思われますの、虫けらちゃんたちには死体を掘り起こす力がないから、死体を操って墓から這い出させてからその死体を食べることしかできないはずでしたの。でも村には変死がはやりましたわね、これはクソ虫ちゃんたちの共同作業で細かく一人ずつ乗り移っては心臓を止めて村人を殺していったのですわ、材料集めのために」
 次々とよく分からない事実が挙げられていく。こんな変態の格好をした女を信じるのかといわれれば、普通であれば絶対に信じられないのだが、状況が状況だ。ましてこれでつじつまが合ってしまうのだ。
 だからあの時、ラインの姿で現れたとき、『我らの』と言っていたのか。
 「古い教会をよりしろにすると霊的なものがありまして、力が集まりやすいのですわ。だから・・・村の方々は本当に残念でしたわ」
 悲しそうに目を伏せた。
 だがコレはもう終わったことなのだ。
 ウルーはいつの間にかカイエの頭を膝に乗せていた。目も気が付いたら閉じている。
 ハンカチを取り出して彼の顔についた血や汚れを落としていく。
 固まった血は非常に落としづらそうだが少しだけカイエの肌を見ることができた。粘土のような奇妙な質感の白さだった。
 耳だって尖っている。何から何まで奇妙な容姿をしている。
 だが、険の取れた丸い顔から察するに、緑の呪縛はどうやら、カイエの体を癒しているように思えた。
 「この術、あたくしカイエさまのためだけに頑張って考えましたの」
 だけに、とは大きく出た。
 「カイエ君って・・・何者なんですか」
 少し和やかだったものだから、聞いてみた。このままカイエがウルーと共に去っていってしまっても、それは彼の本意なのだろう。ぼくは彼が無事だということがわかって非常に嬉しかった。だが、それでも彼のことを少しでも多く知りたかった。
 「あたくし質問されるのは嫌いですの」
 そういえばそんなことを言っていたか。
 彼女は顔を上げた。その頬は少し色づいている。服が変態でなければ十分可愛らしい女性なのだが。
 「ですが、カイエさまのことを語るのはあたくし、大好きですの」
 それはちょうどよかった。
 「14年前、かれがまだ生れ落ちた神のなりかけだったときですわ。あたくしまだほんの小さな赤子であったかれを、一目見たときから恋に落ちてしまいましたの」
 「ウルーさんって何歳ですか」
 「でもあたくしはしがない邪教信者、ああして遠くから眺めることしかできませんでしたわ、辛い日々でしたの・・・、悔しくて食いちぎったハンカチの枚数も数知れず・・・それでもかれはあたくしの目の前で成長してゆくのです、なんて嬉しいことでしょう。そんな幸せも続かず8年後、かれは教会ごと姿をけしてしまいましたわ」
 身振り手振り、歌劇の演者のように世話しなく伝えてくる内容をぼくは理解することができなかった。
 一体何の話をしているのだろう。
 「あたくし、失意の底で、とりあえず職を探しましたわ。こんな変態趣味の魔女を雇ってくださるまっとうな職場をついに見つけましたの。とても勇敢な女剣士率いる傭兵団でしたわ、あたくしいろいろな意味で期待に答えられるよう必死で働きましたの。でも小さな神さまはあたくしを見捨てていらっしゃらなかったのです。そうです、まだ幼いカイエさまがあたくしのために会いにきてくださったのですわ」
 この先ほどから上げられている「かれ」というのはカイエのことだったのだろうか。だとすると相当大きい話のようだ。
 
 しばらく理解しがたい話は続いた。
 少なくともわかったことは、ウルーがカイエのことを深く愛しているということと、この二人の所属している傭兵団が近くの街まで商人のキャラバンの護送をしていてちょうど街のほうで仕事が終わり、休んでいたところこの村の噂を耳にした、ということだった。
 「カイエさまはぶっ飛んでいきましたの。夜通し走り続けでしたわ」
 もちろん街までは遠い、徒歩ならば3日4日はゆうにかかってしまう。それを彼は1日で走ってきたのだという。どうしてただ噂を聞いただけの人間が、こんな村まで労力を惜しまず来てくれたのだろうか。
 ぼくは夜中、彼に言ってしまったことを思い出して涙が溢れてきた。
 「・・・ウルーさん、申し訳ございません。ぼくは・・・カイエ君にとてもひどいことを・・・言いました」
 「死んでわびてください」
 「嫌です・・・、なんで、もっと早く来てくれないんだ。と、彼のことも考えず・・・」
 「死ね」 
 「嫌です・・・」
 ざんげのつもりだったのだろうか。ウルーにわざわざ言わなくても良かったのだ。もしかしたらまだ、この女に慰めの言葉を貰おうとしたのだろうか。だとしたらやはりぼくはひどいやつだ。
 「人間なんて目の前のことだけで精一杯なんですわ。なんて、あたくし慰めの言葉なんて手持ちにありませんの。カイエさまには慰めなんて必要ありませんから」
 細い女性らしい指先が白い頬を撫でる。重そうなまぶたがぴくりと動いた。
 「この方は人間を愛しておられますの、同胞の命を。人間に限らず、意思を同じくする仲間を。カイエさまは自分の最後の命も迷わずあなたに差し上げたでしょう。この方がひとのために生きるのなら、誰か一人くらい、この方のために生きてもいいでしょう。例えば、あたくしとか」
 そう言ってウルーは眼鏡をはずし、ハンカチで拭いたとはいえ、普通の女性ならばまだ抵抗を感じるであろうカイエの額に口付けをした。その様子は、まるで姉のような母のような。
 あまりにも優しい光景だった。
 確かにカイエが一日で走った距離を、彼女も同じように走ってきたことになる。そこに、なにやら愛情を超えた意志を感じる。
 だが、かがんだときに彼女の背中に大きな傷があるのに気が付いた。
 「あ!だめ、だめですわ!カイエさま」
 なぜかウルーが言うと卑猥な印象を受けてしまうが、彼女の体、傷を中心に淡く光を放った。
 見ればカイエの左目だけわずかに開いている。
 彼女の背中の傷は程なくして何もなかったかのように消えてしまった。
 「・・・ウル・・・ねえ・・・ちゃん、ほどいて・・・」 
 カイエの消え入りそうな声に、ぼくはいたたまれない気持ちになって胸が苦しくなった。
 ウルーがカイエを発見したと同時に捕縛した理由は、こういうことだったのか。縛りつけでもしないとすぐにどこかへ走り去ってしまうのだ。
 ウルーの目にも涙が浮かんでいた。
 「おねがいします・・・おねがいします・・・、今はどうかお静かになさってくださいまし・・・」
 彼女の背の傷は、きっと骨喰い虫というヤツにやられたのだろう。
 二人は、お互い必死になって生きている。ぼくは二人を上から眺めながらそう思った。
 ぼくは生き残った。
 死ぬような運命の中生き残った。
 昨日という日をぼくはこれからどう感じながら生きるのだろう。
 まだはじまって間もない今日を、ぼくはこれからどうするのだろう。
 カイエは、きっと英雄になることを望まない。一つの村に一日でも縛られるくらいならば、その一日を駆け抜けて他の百を救おうと努力するだろう。
 引き止めてはいけない気がした。
 ぼくはどうしたいのだろう。どうすればいいのだろう。
 顔を伏せていたら、ぶちっとベルトが切れる音がした。すぐに見ればウルーがあわてた顔をしている。
 一体どんな筋力なのか、腕のところのベルトが一本千切れていた。蓑から這い出ようとしている。
 「い、いけませんわ」
 聞く耳もたず、カイエは転がって四つんばいになると、震える手で立ち上がろうとした。
 ぼくは、助け起こすこともできない。おこがましい気がした。
 脇に転がっていた彼の杖を持ち上げようとした。渡してあげとうと思ったのだが。
 持ち上がらない。
 両手を使ったが、上がる気配がない。怖ろしく重いのだ。この杖は。まるでこの小さな子供が背負っている何かのとてつもないものを持ち上げているような錯覚を覚えた。
 しばらく奮闘していると、カイエがこちらを見て笑っていた。
 不気味な、にやりではなく、年頃の少年のような明るい笑いだった。
 「重いだろ」
 感慨深くなっているせいか、彼の何気ない笑顔がそれはそれは心に響いた。
 そうだ。コレが見たかったのだ。
 ぼくは分不相応な杖の持ち上げをやめ、カイエに笑って一礼した。
 「ありがとう」


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