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しいとアオサが部屋で会話してる話
2008年4月くらいにつくったっぽい。




  

 

 

 四角が好き。六角形も良い。八角形も悪くはない。だがそれ以上は許さない。これ以上、円に近づいてはいけない。
 三角形は、とても罪深い。
 つめの先に詰まってしまった垢を見つめる。とても汚い老廃物、生きるため積み上げていく時間の象徴。コレが出ていかないということは生きてないということ。愛さなければ。
 まぶたが上に上がることを拒んでいる。首が重い。関節が痛む。鼻から吸われる空気がいつもと違う味がする。いやある意味ではいつもの匂いと言えなくもない。
 四角い部屋、四角い窓、四角いベッドの上、こんなにも素敵な空間でただ一つ、しいだけが角ばれないで困っていた。糸の切れた人形のようにぐったりとした体を、ベッドの上で壁に預け、数をひたすら数えていた。
 時刻は午前9時9分42秒、現在も進行中。昨日の売り上げ3万飛んで52、今回この町までの護衛を依頼した際のお駄賃のよくわからない道具、元手タダ。昨日歩いた歩数4万5328歩。今朝ちあがしいに笑いかけてきた回数、わからない。部屋の角の数・・・。
 次は心臓の鼓動の回数でも数えようか。
 そのほうがよく眠れる。

 

 ずるり、と壁から体が崩れた衝撃で目を覚ました。感度の悪い視界には右手のつめ。やはり汚い。
 それと修飾する言葉の見つからない赤。
 その顔は白い。
 『誰』
 朦朧とした意識は自分が今居る土地のこと忘れたらしく、母国語の言葉が口からこぼれた。
 誰かであるそれはしいの望みもわからず肩を掴んで強くはない力でゆする。
 「おい・・・、おいおい。大丈夫かよ死んでない?死んでないよな」
 いい加減焦点も合ってきた目が、やっとそれが誰であるか理解した。紫がかった青の瞳が不安げにゆれる。名前は、なんだっただろう。
 仲が良かった気がする。ちあと、だろうか。いや自分とだ。同年代の他人にここまで仲良く振舞われたことがないと、思えるくらいに親しくさせてもらっている。
 「アサオさん・・・うるさい、いね」
 しいが乾いた唇を動かして声をひねり出すと、アオサは心配していた気色を吹き飛ばし顔中で安堵を表現した。その顔はものの数秒待たずにおふざけの範囲内での不機嫌に塗り替えられる。
 「うっわ、開口一番なんかひどッ。人が心配して窓から侵入したっていうのに」
 言われてしいは窓のほうへ視線を移した。開け放たれた窓からレースのカーテンが飛び立とうともがいている。
 「かかってない、ドアの鍵」
 宿の一室だが、鍵はちあに預けてある。だがさすがに無用心過ぎたと後悔していたところでこの様とは。内心ため息をついた。目の前にいる赤い人物こそ最も注意しなければならない存在ではないのか。
 「いやいやいや、そうじゃない。オレは早朝の挨拶を済ませるべく隣の部屋の窓から壁を伝ってこちらの窓を覗き込んだんだ、まあなんてったって3階だからな。ちょっとの無茶は覚悟していたさ。こういうアホな冒険するときのオレの手の滑りやすさは異常だからな、そして奇跡的に2メートル満たない距離をわたりきりいっ君の驚く顔が見れると思って、聖女のような微笑を浮かべて窓枠に必死でしがみつきながら手をふろうとしたところ、ベッドの上にいっ君の死体が座ってるんだぜ、しゃれになんねえよ。いや、またこの窓を開けるのが大変で、鍵はかかってないのが不幸中の幸いだったが、掴むところの少ない窓のへりを今までこんなに頑張ったことないくらいの力で掴んで、・・・そういやこの頃くらいからオレの足元が騒がしくなってたな。『女の子が窓から落ちそう』だとかなんとか」
 「黙るか、今から落ちるかして欲しい」
 うやむやにされそうだが、どうして窓から、早朝とは言いがたい時間帯に挨拶をしようと思ったのか。ああ、驚かせようとしたのか。だが早朝ではないという間違いが正されることはない。
 「黙らないし落ちもしない。だってアサオだもの」
 下唇に指を当て、左上のほうへ視線を流した。その様子は胡散臭い女の子そのもので、彼がどんな人物か理解していると腹が立つことも忘れて呆れのため息が暴発してしまう。その後快活な少年のような顔で笑うのだから始末に終えない。
 「おう。そうだ、大丈夫か。具合でも悪いのか?もう完全にこときれてるかと思ったぞ、ゆする前に起きれば泣きそうなオレが見れたのにもったいないな」
 もう、お前の名前はアサオじゃなくてアオサだろ。と言うタイミングを失ってしまった。
 「か・・・ぜ」
 「髪の毛が美しすぎるぜ?の略か?何をいまさら、オレのキューティクルは時に太陽光を反射させ焦点の黒いものを焼くことがある」
 何を言っているのだろうか。頭の中にいろいろ湧いてしまったのだろう。
 「風邪だ。アホ。頭に殺虫剤まいて退治しようか」
 「風邪?風邪だったらベッドの上に座るんじゃなくて寝てろ!」
 言いながらアオサはしいの体の下の布団を引っ張り出し乱暴に被せた。風圧で少しむせるとハッとした顔をしてからうやうやしく布団を正す。後半に吐いた悪態は聞こえなかったらしい。
 少し怒った様子でベッドの頭のほうに、しいに後頭部をを向け、どかりと座った。
 出て行くわけでもないその姿をぼんやりと眺める、悪くはない沈黙が宙を舞う。
 気を失う前ならもうぐっすり寝ていただろうが、残念ながらもう眠くはない。この沈黙を破ってみる事にした。
 「出ろよ。アサオさん、しいが保有してる風邪がうつる」
 暇と言えば暇なのだがこのままアオサに居座られても少々困る。
 「出ない。いっ君が寝るまで意地でも出ない。あーちゃんはどこ行った?」
 まさか、しいが風邪を引いているのに部屋に居ない妹へ非難しているつもりはないだろうがやはり聞いておかないと気がすまないのか。
 「ちあには、風邪を引いたことを話していない。友達が出来たんだ、ちあに。その子のところにいる」
 アオサは、そうか。と小さくつぶやいてから少し下を向いた。何を考えているのか。それにしても感情の表現の起伏が激しい。
 「今まで・・・あれには友と呼べるような仲になれた人物が居なかった。旅、旅、旅で出会ってすぐ分かれるから・・・。長話、してよいか」
 普段からは大人しくしていないアオサとばかり付き合ってきたからか、今の少し静かな彼に気をよくしてしまった。
 頭痛もない、喉が痛いわけでもないから喋るのに支障はない、熱で火照る体が何か伝えたくてしょうがなくなっているようだ。
 少し昔を振り返るのも悪くない。そう思ったとき、視線はうなずいたアオサの赤い頭のてっぺん、を通り過ぎた先、小さな額にはめられた田園の絵に向かった。別に過去とは関係ないけど。
 しいは目をつぶったり開けたりしながらゆっくり口を動かす。
 「知ってるな、魔道実験まがいのことをされてたこと、親父に。ほとんどは薬品の投与だった。傍から見たらただの医療行為に思えるだろう。3日置きにデータ採取、魔道の研究、あの親父のはほとんどが数値化されていた。単純な加算式はしいに求められた。・・・あの頃は世の中が数字で出来てると思っていた。しいが死んだらちあを対象に続行されると思った、えぇと実験は」
 アオサは少しうつむき加減に聞いている。こちらからでは顔がうかがえないので寝ているんじゃないかと疑ってしまいそうになるが、起きていることはわかっている。
 普段のアオサの振る舞いならば、親父の行為を力強く非難しそうだが、彼はそれができないでいた。

  窓から差し込む日の光が、床でのたうつアオサの髪を照らした。天井や壁にうっすら光の線が反射している。
 「しいはある時風邪を引いた。とても苦しかった。母が村一番の優秀な祈祷師を連れてきた。いわゆる奇跡の力での治療を試みたのだ。開始された、光に包まれたのだが、祈祷師は首をかしげた。しいの体には何の変化も起こらない、依然として下がらない熱。視界の端で親父がにやける口をこらえるのが見えた。そこからは覚えていない。親父の研究のための道具が一つ完成した瞬間だったのだろう。非科学の存在に絶大な抵抗力を得た。親父の研究の主題、空間魔術。まるで建築家のような響きだな、親父の作った空間は不完全すぎて中に入るには完璧な耐性がないと融けて消えてしまう。・・・抵抗力を得た代償に免疫力が低下した。しいの体は日常生活を送るにあたってかなり弱くなってしまった」
 目を閉じてからゆっくり開くと後ろを向いていたアオサがしいの顔を覗き込んでいた。籠手、ではないが青いそれから出る指先がしいの頬に触れた。爪の先はぼろぼろで割れたりひびが入っている、手のひらには刃物が貫通したような跡が見られた、顔面の少女のような雰囲気とこの手が同じ人間のものとは思えない。
 「だからいっ君はそんなに弱いのか」
 傷跡だらけの指が汗で張り付いた黒い髪を掻き分け、隠れた目をあらわにさせる。
 「やめれ」
 抗議の声もむなしく、アオサは顔にかかる前髪全部横に後ろにまとめてしまった。恥ずかしいくらい彼の顔がよく見える。
 今までの話を聞いていなかったようにアオサの表情には哀れみの色は浮いていなかった。それどころか少し嬉しそうにも見える。変な色の瞳はいつものように輝いていた。
 「オレさ、・・・いや。野暮っぽいからいいや。それよりどうしていっ君は顔を隠すんだ?」
 ベッドの端にあごを乗せながら言う。中々すわりのいい場所が見当たらないらしくそわそわ動いている。
 「野暮の話、後で話せ。先に質問に答える」
 腕を枕にすることで落ち着いたようで、ニッコリ笑って「答えないと思った」と言った。そう言われると言いたくなくなるのはとても不思議な現象だ。が、言った手前破れない。
 「この顔面の各パーツの作り、配置は親父と酷似している。髪の色こそ違えど、成長したしいはまるで親父と同一人物になるとまで言われている」
 しいの言葉を聴いてから、ゆっくりとアオサは目を見開く。あまった左腕を伸ばして「へえー、ふうーん。そういうもんなんだー」などとつぶやきながらしいの頬をつねって引き伸ばしたり白目を確認したりしてきた。
 「いっ君はやじさんとそっくりな顔がいやだから顔を隠すのか?」
 違う。と即答しそうになった言葉を飲み込んで、その後味を噛み締めながら別の言葉をつむぎ出すことにした。いや、やじさんとは誰だ。なぜ最初の文字を消したがる。
 「・・・親父は罪を犯している」
 アオサの表情が曇る。これだけ聞けば、まるで犯罪者である父と同じ面を下げたまま世間を歩くのが嫌だからと、取られるだろう。大した違いではないが。
 「正義か?自分の子供を死の危険が付きまとう実験の対象に選ぶことは。人道的行為と言えるか?」
 本当はアサオにこんなことを聞きたくない。彼にとって困るだけの質問だ。
 「しいに意思はない。しゃれでもない。親父は世間一般的に罪にあたる行為をしている。・・・だけど、母に隠れて行っていた実験に、彼なりの正義があったとしたらどうだろう。歴史に残る研究のための犠牲として、泣く泣く自分の子供を糧にすることを選んでいたら。・・・ヤツにはスポンサーはおろか、研究仲間すら居ないから、使えるものは身内だけだから・・・本当は・・・!」
 傷跡だらけの左手がしいの顔を拭った。いつの間にか流れていた涙が指先からかすかに光っていた。
  その涙を唇を噛みながらしばらく見つめた。嗚咽は出ないようだ。良かった、出てしまったら少しカッコ悪い。
 『親父は俺を、愛しているかな』
 出そうになった言葉をいくつか飲み込んで、感慨深くなったしいは母国語でつぶやいた。誰にも届かない言葉だ。
 その間、アサオはしいの額を優しく親指の腹でこするように撫でていた。まるでその動作は子供をあやす母のようだ、一体どこでこんなことを習ったのかと疑問に思う。
 「脱線したな。しいの顔は父の罪だ。この顔面こそが父としいの血の繋がりの証明で、それと同時に親父の罪を記した証。日の光は罪を暴く、明るみに出したくない、親父の罪も恥も」
 それを聞いたアオサの顔は、何か思うところがあったのか一瞬だけ苦そうに眉をひそめた。こんなこと言ったところで、親のないアサオにはわからないのだ。
 賊の中で幼い頃過ごしたと言っていた。アオサは弾むように歩く、その足取りとは裏腹に彼は鈍くさく、つめが甘いため物事を順序良くこなすことが出来る子供ではない。そんな彼が賊の中でどんな目にあってきただろう、いや例え悪事にかけて天性の才能を持っていたところで無力な子供が秩序のない世界でどんなものを見て育つというのか。その生い立ちは、しいに想像できるものではなかった。
 しいの眉をなぞるこの左手は一体何をされて、何を強いられてきたのか。
 「オレにはね。いっ君。やっぱりわっかんないわ、考えてもね。親ってなんだろ、居れば絶対幸せなもんだと思ってた。どう聞いても、いっ君がやじさんを恨まない理由がわからないの。オレだったら、恨んで憎んで全部投げ捨てて逃げ出してると思う。逃げられないなら、いつか寝首かいたれって画策してやんの、駄目かな。いっ君はえらいの?いっ君は変なの?」
 「アホ、知るか。親父にかく寝首なんて存在しない」
 きょとんとした表情は何も知らない幼い少女のようで、だがその腹の内はそうではないようだ。
 目を細めて優しく微笑んだ。今度は何もかも知った聖母になった。
 「やっぱりいっ君はえらい」
 目の前の頭の悪い友が何を根拠にそう言い出すのかわからないが、しいの耳や首はなぜか熱くなっていく。
 恥ずかしくなって、アオサの手を払いのけた。壁のほうへ寝返りを打って彼に背を向けると、背後から「えー」と短い抗議の声が聞こえてくる。が落ち着いたと思ったら、腰のほうの毛布が重く引っ張られる感覚があった。どうやらベッドに腰をかけているようだ。長く光沢のある灰色の髪がしいの足にわずかにかかっている。
 「なあなあなあなあ、オレの話。していい?いや拒否は許さない、まあ短いから聞けってこのやろう」
 「話せ。勝手に・・・いや野暮の話はいいのか」
 いまだ涙のにじむ目じりを乱暴にこすり、毛布で口を覆い、くぐもった声を出した。
 「ああ、もう言った。さっきの、あはー、何にしたってオレの話に大した具は入ってないんだって」
 「具の味は聞いてから評価してやるから、とっとと話せ」
 アオサは何やら足をぷらぷら動かしているらしく、それがベッドの板に当たり音を立てているのがしいは気に食わない、だが神経質と言われるほうが嫌なので黙っていることにした。
 「あれさ、あれ。大して問題じゃないけどさ、オレの頭って角みたいなむき出しの硬いなんかがあるだろ?帽子被ったり、赤いの被ったりしてるから結構知らないヤツ多いんだけどさー、コレのおかげでオレって獣人とかなんか色々なのの混血ってことにされてんだよー」
 帽子の中、こめかみの後ろの辺りに小さな切り株のような角が生えている。まるで切られたように見えるのだが、本人は切られた記憶はないという。断面には一般的な書物に記されている妖精の体に描かれた紋様のようなものが緑色に彫られている。この紋様こそが彼の出自をややこしいものにしているのだ。
 「嫌なのか?混ざってて」
 しいが言うと、アオサは不満そうに、腰から脇を手で押してきた。しいが何の反応も返さないとわかると、頭の赤いケープを乱暴にはずした。
 とさっ、と中に一応まとめられていた大部分の髪が外れて、掛け布団の上に落ちてきた。ものすごい量の髪だ。 
 「混ざってようがなんであろうが、オレはオレさ。いや、だからこそのオレなわけで。・・・ただ、賊ん中でさ、すげーひでーこと言われた。言われてた」
 次の言葉を待つ意味で、アオサのほうを軽く見ると、彼は自分の下唇をいじっていた。昔話をするときいつもやる癖だ。
 「オレのかーちゃんはさ、人間になんかこう、その・・・ひでえことされてオレを産むはめになって、いらなかったから戦場にうっちゃってきたんだって・・・。ずっと、ずーっとそう言われてきた、オレは混ざってて汚い存在だとかなんとか、禁忌がどうとか背徳がなんとか、背徳者はてめえらのほうだろっつの!オレに、・・・!」
 彼は言いかけた言葉を無理やり飲み込んだ。お互い言いたくないことはたくさんあるのだ。
 少し黙ってからアオサはまたつぶやき始めた。こんなに小さな声で話す姿は、今の彼の仲間は見たことがあるのだろうか。
 「まあ・・・、そのな。なあーんでオレのとーちゃんもかーちゃんも見たことないやつらに、そんなこと言われなきゃいけないのか、すっげーヤでさ。もしかしたら恋愛結婚しててさ、とーちゃん戦争にかりだされてさ住んでた村のほうにまで戦火にまみれてさ、オレのこと守ろうと思って家ん中隠したけど、かーちゃん兵に連れてかれてーってな感じだったのかもしれないだろ?」
 ちらっと答えを待つようにアオサは見てきたが、しいが何も答えないと不服そうに口を尖らせて、横になったしいの腰にのしかかってきた。重みでうつぶせ状態になり少し苦しくなる。風邪を引いていることはずいぶん前に忘れてくれたようだ。
 「おぼい、苦しい。どけ、どいてくれ」
 しいの背中にアサオは額をぐりぐりと押し付けてきた、布団越しといえどこの痛み、角の凹凸か。布団がなかったらこの行為はかなり危険だ。
 「修道女のお姉ちゃんたちもな、哀れむ目でオレを見たりしてた。混血とかの偏見が強い人が居るみたいで、その人から匿われてたんだ、こっそり聞いちゃった。人間は平等とかほざいてる割にはな、他の人間みたいで人間でないヤツのことはそれ以下だと思ってんのよな。そんで混ざってると思うともっとひどいの、アホくせぇ。お姉ちゃんたちは大好きだけど、教えには納得いかねえな」
 ふてくされてしいの背中の上に寝そべるように体を預ける。散らばった髪がしいの鼻先まできていた。
 アオサの髪が長いのは、元々長めだった髪を修道女たちがもてあそぶ際、褒めちぎっていたからだと言う。その時嬉しかったこともあり、切ろうとすると修道女たちの思い出も一緒に失くしてしまいそうで嫌なのだとか。彼の修道女たちへの執着は少々呆れるものがある。しいがそう思ってしまうのも、失くしたくない記憶は全て手元にあるせいだろう。
 「本当にな。馬鹿みたいな話だ」
 しいが喋ると、アオサは瞬間的に顔を上げ、「だろ?!」と大声を上げた。
 「実に馬鹿らしい。なんで混ざってて憎まれる。異種族との混血は愛されるべき新しい種だ。島ではそんなふうに蔑まれることなんてない。全く見知らぬどころか、違う血族同士が愛し合った素晴らしい結果なのに」
 少しばかり優れた皮膚感覚がアオサの心音を捉えた。大分早くなっているように聞こえる。再び彼はしいの背中に角を押し付けはじめる。ぎゅぅっと身の少ない腰を腕で抱きしめてきた。だんだんと彼の息が震えてくる。泣いているのか。
 「島にはあまり他の種族が居ないせいなのか、混血自体多くない。それでも我々は血が混ざることを恐れない。なぜなら、友好関係は他者との交わりからはじめること。友愛の心こそが美徳。他者を認めることで平和を求める権利を得る。島の誰の家にもある一つ目の家訓だ・・・」
 しばらく部屋の中にはアオサの嗚咽だけが響いた。しいまでなんとも悲しい気持ちになってくる。
 「ふぅ、うぐぅ・・・ッ、いいな!いっ君の故郷っていいな!」
 いきなり泣き声混じりの大声を出され、しいの心の琴線に触れたのか理由のわからない涙が沸いてきてしまった。
 「オレだって、って好きで身元不明やってんじゃ、ねえっての!と、ーちゃんもかーちゃんも欲しいに決まってんだろ!オレも・・・オレには・・・、んああー!」 
 伝えたい言葉ではなく、今まで溜まってきた言葉が溢れてきたのか。最後のほうには小さな子供のように大声で泣き出してしまった。
 むき出しの感情に触れてしまったしいは、わけもわからず流れ込んでくる思いに涙が溢れてしまってしょうがない。自分の頭の中には何もないのに、胸から沸き起こる、言葉では表せない感覚が激しい波を作る。自尊心に負けてしまったしいは波にまかせて一緒になって泣き出していた。
 四角い部屋の中で、まだ幼さの残る少年の声はよく響き、発育不良のしいの控えめな高音が宙を漂う。

 
 「一年くらい前のことだ。北の方の国、名前は忘れた。戦争中だった。今は冷戦状態が続いているが。南のほうに迂回して抜ければ良かったんだが山があって断念した。なんとかして冬になる前に通り過ぎたかったのであせっていた、さらに北のほうを大きく回って進もうとしたんだが、考えが甘かった。無理をしてでも山側を通ればよかった。それが駄目なら半年くらい長く滞在していればよかったのだ。・・・北の村の門をくぐったとき後悔した。出迎えたのは大きなクモの形を模した魔法生物だった。網で捕らえられて、もうその場では何もわからなくなっていた」
 ずず、と粥をひとすすりする。牛乳ではなく水で作ってもらい、上には半熟の卵が乗っている全体的に薄味でとても美味しかった。
 ひとしきり泣いた後に、アオサがぐしょぐしょの顔を軽く拭った程度の面を下げて厨房の女将さんに病人食を頼みに行ったところ、何があったとひどく心配されたらしい。髪はぼさぼさ、脱ぎ癖のあるアオサのローブはすでに前が乱れていて、親しくなる気のない他人に対してはネコを被る彼は、女将さんから確実に女の子だと思われている。心配されるのも無理はない。隣の部屋も全員出かけていたので何があったかなんか誰も知るはずはない。そもそも何も起きていないのだ。
 上半身を起こしてひざの上に粥の椀をのせ、ゆっくり冷ましながら食べることにした。ベッドの脇のほうには床に直接あぐらをかきながらスプーンを使わず粥をすすっているアオサが居る。なぜ彼も同じものを食べているのかは聞くだけ無駄なのでよしておく。
 「両国共に、優れた魔道の力を保有しており、それらは全て軍事力に費やされている。北よりの地方の国は人形を媒体に数多く生産する特色を持ち、対して南よりの地方では多くは作れないが一体が強力な完全魔法生物を作ることに成功している。しいとちあを捕らえたクモ型のものは南の地方のものだ。低コストでの生産が可能になり量産体勢の整った新型だったらしく、村の人間は全てこれらに捕まったらしかった。北の村に南の手が入ってきている時点で、北は劣勢を強いられていただろうが、そんなことはしいの問題ではない」
 先ほどから自分でも驚くほどすらすらと言葉が出てくる。前々から誰かに伝えたくて何度も頭の中で繰り返していたことだった気がする。
 膨れて赤くなった顔で見上げてきた。口の周りがぬるぬるになっているのもお構いなしで、なんだか可笑しな顔になっている。
 「捕まって、なんかされなかったのか」
 しいの心情とは裏腹にアオサの眉間にはしわが寄ってきている。真剣に心配しているのだ。
 「これからの話が何をされたかだ。何人かの兵の前に連れてかれ、荷物を持っていかれた。しいの箱を開けた兵がばらばらに分解されるのが脇で見えた。ちあに触らせたらああなるのか。と思うとぞっとする。何も考えなかった他の兵が箱の中に悪魔でも飼っているのかと箱を叩き壊した。しいはこの瞬間が一番怖ろしかったが、何も起きず、箱は木片になった。壊されたら、てっきり全て飲み込む闇でも出てくるものだと思っていたのだ」
 わけがわからない。といった顔で部屋の隅の箱と、しいの顔を見比べるアオサ。わけがわからないのはしいも同じだ。
 「大した調査もしないで、しいとちあは服を剥かれて真っ暗な部屋に押し込められた。怖ろしく臭かったので一回吐いた。奥のほうにぬめぬめとした巨大な生き物が居ることがわかった。瞳がわずかな光を反射させている。すさまじい勢いで襲い掛かってきたので逃げようととりあえず駆け出した。何か硬い棒のような物を踏んだはずみにしいは転び、ちあの手を離した。ちあの絶望的な叫び声が響いた。その時しいは死ぬんだと思った。ちあと一緒に。嫌だったけどどうすればいいかわからない。出口は開かない、よくわからないがしいとちあを捕食しようとしている生き物がいる。多分、転んだ棒は人の骨だ。バリバリとその生き物が移動するたび折れる音が聞こえる。しいの足にはその骨が擦れて裂けたため血が流れていた。その生き物は叫び声よりもしいの血の匂いにつられたようで、不定形の触手につかまれたしいは足からそいつの口に運ばれていった」
 まるで他人事のような口ぶりで話すしいをいぶかしまずアオサは聞いている。また泣きそうな口の形になっているが、隠すように粥をすすり始めた。
 「吐くものが残っていたらもう一度出したであろう気持ちの悪い感覚が下半身を包んだ。ちあの叫び声が狂ってしまったんじゃないか心配するほどその時ピークを迎えた。このまま飲み込まれるのか、と思ったのだが逆に吐き出された。わけもわからず地面を転がっていると、数秒待たずしてその生き物は体液という体液を体中から出しながら息絶えた。まるで、毒でも飲んだようだ」
 そう言いながらしいは粥をひとすすりした。逆にアオサは食べづらそうに椀から口を離す。
 「その生物の制御を行っている魔道士たちが部屋の中へなだれ込んできた。後は放心するちあを連れて兵の隙間をかいくぐって逃げるだけ。今思うとよく逃げられたものだと関心する」
 むむむ、とうなりながら椀を見つめるアオサを見下ろしながら、しいは自分の頬がわずかに緩むのを感じた。少しばかり和んでいるらしい。それが奇妙な感覚で胸のところがくすぐったい。
 「あの生き物がメインの生物兵器だったらしく、常に人間から採れる生体エネルギーを摂取させていなければ体が保てなかった、脆くも強い魔法生物だったようだ。しいの中に流れる人工的だが抗魔の血がアレを殺させてしまった」
 それでも魔除けの護符を飲み込んだ位であの生き物は死んだとは思えない。それほどやわな兵器ならばとっくに北側の勝利である。そうとなると、よほど親父が組み込んだ抗魔の力が強かったことになる。
 「いっ君さー、なんでそういう言い方するかなー。おかしいって殺されかけたんだぜ?もっと恨んだっていいだろ主観的に感情ぶつけてくれよ」
 「そういうのは、ちあがするからしいはいい」
 しいが言うと、アオサは椀の端をかじりながら首をかしげる。その後のちあの荒れ方はひどいものだった。
 「・・・・・・、ねねね、もしかしていっ君その時のこと、やじさんのおかげで助かった、・・・とか思ってない?思ってたら平手な」
 上目遣いに脅迫してきた。何が悪い。しいはうなづいてみた。理不尽に叩かれたら叩き返すまでだと思ったからだ。
 下唇をかみながら不満そうににらんでくる、アオサはいきなり自身の頬をひっぱたいた。
 意外な行動に驚いて、木製のスプーンを落としそうになった。
 自分でやっておいて痛そうに頬を押さえている。しいは「なぜ?」と目で聞く。
 「どうせ叩き返されるんだったら痛いのはオレだけでいいさ。いっ君のアホ、ファザコン」
 いつか言われると思ったがついに言われたか。
 「一つ良い事があるとな。ずっとそれにすがってしまう、あの時紛れもなくしいとちあは親父の所業に助けられた」
 「やじさんがそんな人でなければ、いっ君もあーちゃんもそんな変な生き物の前で怖い思いなんかしなくてすんだはずだろ」
 アオサは、しいとちあが父の研究費稼ぎのために大陸を行商して回っていることを言っているようだ。もちろん彼からしてみれば、金は自分で稼ぐもので、親父のことを理解できないのは当然のことだ。
 「それを言うな。親父がそんな人だったから、こうしてアサオと粥を食うことが出来た。アサオの仲間と遊んだりすることができたんだ」
 しいの言葉に、アオサは口をつぐみ目に涙を溜めて「んんー」とうなりながら椀の中に顔を埋めてしまった。まだ涙腺は緩んだままのようだ。
 もしアレがなかったならば、の話はしいは好きではない。数式の話なら別だが、現実にある運命の話は虚しいだけだからだ。そんな話よりも現状を受け入れる努力をすべきだと思っている。
 椀の中を見下ろすと黄色い丸が、まだかまだかと待ちわびている。しいは小さく息を吐いた。
 『俺は、ちあもアサオも母さんも親父も、皆大好きだ。ちあを助けてくれたやや暑苦しい人たちも、みんな』
 照れくさい言葉は母国語で隠して、最後に残した粥の卵を飲み込んだ。
 

 日が傾こうとしていた。部屋のど真ん中でアオサは大の字に寝転がっている。広がった髪の毛が少し不気味だ。
 まさかずっと話に付き合うとは。実のところ適当に話を切って言いくるめて追い出そうと、思っていたのが昨日のことのように感じる。
 ふと、こちらに向けられた左手の傷が気になった。もののついでに聞いてみようかと思い口を開いたが、同時進行で見たアオサの顔がこちらを見ていて驚いてしまった。彼のとろんとした目には不思議な印象がある。
 「この傷ね。ああ、んー・・・別に大した話じゃないって。しめにするほど面白くねーよ?ただこっち、左手が利き手だったってだけだから」
 その傷は対人戦についたか、明らかに人から加えられた傷のように見えた。いくら根がドジだからと言って彼が事故でこんな傷をおうとは思えない。やはり誰かに意図的につけられた傷のような口ぶりだが、それがなぜ利き手と関係があるのか。
 しいの想像力では追いつけない事実があるのだろう。続きを待つように首を傾げて見せた。
 それを見たアオサは、視線を天井のほうに向け、含みのある笑いを浮かべながら喋り始めた。
 「ピーンチ、屋敷に潜入したら変なトラップで利き手の左手が食われた。残った右手だけで錠開けを含む他のトラップはずしが可能か!」
 そういうことか。うかつに聞いてしまったことが申し訳ない。
 「しいにはできない、元より、そんな技術ないけど」
 くすくす笑っている。なんだか怖い。
 「右腕がないおじさんがオレに言ったよ、そんないらない右手なんか切っちまうか、それとも訓練して両方の手で同じ動作ができるようになるか。好きなほう選べくそガキって。極端なんだよ。んで、訓練するって言ったらいきなりグサッだ。下手すりゃ左手がいらない手になるところだっつの」
 苦い言葉を吐き捨てる割には口元は笑っている。彼は賊時代を多く語ろうとしない。聞かなくても話してくるのが修道女と共に過ごした時間なのだが、それらはひどく対照的で悲しくなってくる。
 「これ見っとな、嫌になんだよ。恥ずかしくなんだよ。オレなんかいなけりゃいいのにって思うんだよ。なんでこんな半端なんだろーなー。賊にも戻らねえで、お姉ちゃんたちには恩返しもしねえで、男のオレが女のカッコして町練り歩いて、夜になるとまた仕事で・・・。駄目な男のオレはお日様には見られたくねえんだわ。いっ君がさ、日の光に顔さらしたくないって言ってたとき、驚いたよ。オレも見られたくねえんだ」
 腕を顔の前に交差させて目を隠した。そんなことしたって誰からも隠れることはできないのだ。
 別に太陽信仰なんてそこいらじゅうにある、しいとアオサに限ったことではない。誰だって明るみに出したくないものは持っている。だがそれを見せ合うことは、とても勇気がいることだ。
 「いつか、な。いや5年以内に清算するとしいに誓え。覚えておいてやる。アサオの悔いだ。綺麗になったらしいも親父に文句を言いにいってやるから」
 明らかに不平等な交換条件にアオサは目を見開いてぱちぱちさせた、それから笑い飛ばして「かなわねえなあ!」と言った。
 5年後も仲良くしてやる。という言葉は生真面目なしいにとって怖ろしい呪縛になるだろう、と自分の胸の服を強く握った。ちあとおそろいの鈴がちろちろと小さな声で鳴いた。
 静かな時間の流れを一変させるように、ノックも無しにいきなりドアが開いた。ドアの角がアオサの脳天に刺さり途中で止まる。
 『兄は元気になったのか!?』
 しいにとってひどく聞きなれた母国語が飛び込んできた。半分しか開かないドアから赤い頭が割り込んで入ってくる。勢いをつけてそのままちあは、しいの胸に飛びついてきた。視界が、アオサの頭の色とは違う柔らかな赤で染まる。
 『もういいだろ?私は耐えたんだ。どうして兄はいつも風邪を引いても黙っている?私はそばに居させて欲しいのだ、風邪なんかうつったって構わない!』
 ずいぶん視界の上のほうで、割れたっておかしくない衝撃を受けた頭を抑えて、ふらふらと立ち上がるアオサが見えた。
 『そう思うんだったらな、妹。その発言はフィーナと出かけてから1時間以内で俺のところに戻ってきたときに言えばその言葉に効力が働くようになるんだぞ』
 しいがそう言うと、ちあは動きをぴたりと止めた。
 『楽しかったよな。おでかけ』と、全く嫌味を込めずに言いながらちあの頭を撫で額の髪の生え際に口付けた。
 「にいの・・・いじわる・・・」
 現地語でいまさらかわいこぶりはじめた。別に可愛いからいいけれど。
 「兄妹なかよしー、はいいけどあーちゃん、オレのことちょっとは見てよ」
 む、と口をへの字に曲げると、はじかれたようにちあはアオサのほうへ向き直った。
 「あー、アサオさんがいるー!なぜにかしてちあには理由をわかることがかなわない!」
 『おい、妹。わざとらしく訳のわからない言葉を使うな、癖になるぞ』
 忠告すると、困ったような顔をしながらちあは再びしいのほうへすがってきた。いきなり部屋の中がにぎやかになった気がする。
 『なぜセコイ泥棒である彼が病弱で物静かな私の兄の部屋にいるのか。邪推していいか?彼は兄に何かしていないか確認をとりたい』
 たまにしか聞いた事のない言葉で兄妹が会話するのに困惑したアオサは、軽くちあを指差して「なんて言ってんの?」と聞いてきた。
 「ちあのかわりにしいの面倒を見てくれてありがとう。って」
 とりあえずうそをついてみた。そのまま訳すには問題のある発言でもあるわけだ。
 「ありがとうなら、こっち向いて言ってくれよ・・・」
 しいはちあの額をぴしゃり、と打った。小さく声を上げてから、口を再びへの字に曲げて涙目で見つめてくる。赤い頬を両の手のひらで抑えるように包んで、じっと瞳を見据えた。
 『ちあ、アサオに謝れ。あいつは俺の友達だ。どんなヤツでもそんな風に言われたら気分のいいもんじゃない。お前だって、フィーナ馬鹿にされたら腹が立つよな?立て、立たないんだったらお前の意思が弱い』
 顔を突き放すように開放すると、後ろを向かせてアサオに頭を下げさせる。
 「・・・アサオさん、ごえんなさい。あと、にいのことはありがとう」
 アオサは何について謝られたのかわからず、反応に困っている。
 振り返ったちあの頬は空気でパンパンに膨らまされ、まだまだ不満の残る面持ちでしいのベッドに飛び乗る。しいの胸と言わず腰と言わず頭を押し付けはじめる、ちらっと顔を上げるとアオサをにらんだ。その目は早く帰れ。と語っている。
 こら、としいがその額を小突く。言ったってわかってくれない反抗期だろうか。
 「だって、だって、やだやだぁ。にいは、ちあのにいなの、取っちゃやなの」
 中々この妹は虫のいいことを言ってくれる。自分の感情に忠実に喋るのではなく、この子が物の道理を理解して言葉を口に出してくれる日が来るのを早く早くと願うばかりである。
 「ちあ、・・・ちあ!」
 大きな声で名前を呼ぶと、胸の中でちあがびくんと震え、動きを止める。
 ちあは、しいが出す大声が何より怖ろしいのだ。
 「しいは頭が痛い。熱もある。また少し寝るからちあは、どこか行っていてくれると嬉しい」
 眉をへにゃっと崩し、今にも泣きそうな目で見てくる。小さな声で「でもでもでも・・・」とつぶやいていた。そんな声を出さないで欲しい、だが負けない。
 「いっ君また悪くなってたのか、あーちゃん行こう?ルドさんがじゃんけん勝負の相手探してたよ。遊んでもらおう」
 中々動こうとしないちあを、アオサが引き剥がしてくれた。泣きそうな顔はそのままでアオサに連れられて部屋を出ようとする。
 「アサオはもう少し居れ」
 あら何かしら。とアオサは止まってちあを出してからドアを閉めた。向こう側からちあの泣き声が聞こえたが今が堪え時だ。
 「あーちゃん泣いてる」
 「知ってる。わがままは親父譲りだ。しいはちあの腹黒を心配している。ちあは将来みんなに好かれる女の子になってもらいたい。そのためにはもっと人の気持ちを知らないといけない」
 アオサの口角がにっとつりあがった。
 「オレはいっ君が皆に好かれる男の子になってもらいたいぜ」
 何もかも、全てはお互い様だということか。小さくため息をついた。
 大分疲れた、眠りたいのは本当だったので、横になって布団を被る。そむけた後頭部に声をかけられた。
 「なあなあなあ、いつか近々オレはいっ君とあーちゃんのやじさんふくろさんと会ってみたい。駄目かな。無理かな」
 嫌に楽しそうに弾んだ声で聞いてきた。外にはまだちあが泣いている。ちあにはもっと考える時間が必要だろう。誰もちあに声をかけないで欲しい。
 「実はそこまで実現不可な問題ではない。母は島から出れないが、親父ならば簡単に呼びつけられる」
 意外な答えだったのか、アオサは目を丸くさせた。本人は駄目で元々のつもりで話したらしい。
 「毎週手紙を書いている。母宛に、それさえ出さなければいいだけだ」
 「因果関係がわからない。もっと詳しく頼む!」
 「桶屋の話より簡単だ、予備知識として、父は実際母の尻にしかれている。とは言ってもただ逆らえないだけだが。ここで母への手紙が途切れると、母はしいとちあを心配して、最後に手紙が送られていた場所まで父を無理やり派遣する。もともと親父は大陸出身だ、ここまでくるのにそう時間はかからない」
 アオサはしばらく考えているのか、黙ってしまった。かなり時間が経ってからはじけるような大声を出した。
 「だー!だから、戦場で壊れたはずの箱が直ってそこにあるのか!」
 アオサのくせによくそこまで考え付いたものだ。戦場で何とか逃げ切ったすぐ後、目の前にはどうやってしいらを見つけたのか親父の姿があった。もしかしたらしいの体に発信器なるものが埋め込まれているのかもしれない。
 以前のに比べサイズが少し大きくなった服と、鈴。新しい箱を持っていた。なぜだろう、まるで何もかもわかっているかのようだった。前の箱と同じ空間の穴を作り、品物は全て無事だった。あの時なぜ魔術が暴走しなかったのかはしいにはわからないままだが。
 自分の頬が少し緩むのを感じた。どんな理由があっても母を心配させてはいけないと思っていたのに、今はその親心を利用しようとしている。もちろん道に反した行為だが、アオサが会いたいと言っているのだ。その言葉を口実に少しでも甘えさせてもらいたい。
 「そうか、会えるのか。楽しみだー、なんかひでえやじさんらしいじゃん。なのにどうしていっ君はいい子なのかわかるかもしれないだろ。って建前はこんな感じだけど、本音は人のお父さんお母さんが見てみたい。やっぱさ、町で会う他人のお父さんお母さん見ても全然、実感わかないけど。知ってる子の親見たらなんかオレの両親とか想像できるかなーって思うの」
 「やめとけ、理想の崩壊を招きかねない」
 あはは、とアオサは笑った。窓が開放されて夕暮れの涼しい風が頬を撫ぜる。そちらを見やれば窓枠に足をかけるアオサの姿があった。もうその背中は飛び降りる気満々で。
 「どこへ行く?」 
 「あの世じゃないところさ。もうドキドキしてな。今日のことが嬉しくてたまらないのな。あいつのことも、もうそんなに怖くない。ああ、赤いの一式預かっといて。夜中か、明日取りに来るから」
 あいつとは夕日のことか。と聞こう思ったが、言うだけ野暮なのでしまっておくことにした。
 バッと風が吹いたと思ったら赤い布は床にふわりと落ちていて、後は軽装になったアオサが長い髪を一つに縛っていた。
 「じゃあ、最後に一つ聞いとく」
 男の後姿とは思えないそれに声をかけた。髪紐を口にくわえて「あにー?」と答える。
 「アサオは、なんとか角形って名の付くものでどの形が一番好きか」
 んー、とうなるとしばらく考えているのか、上手く縛れないで困っているのか答えが返ってこない。
 

 「三角。あの安定感にかなうもんはねえ」
 そういうと夕日に染まる赤い風景の中に溶けて消えてしまった。
 ちあの泣き声はもう聞こえてこない。誰かに助けられることも成長には必要か。
 ゆっくり横になるとまぶたを閉じた。こんなにだるいのに、こんなに満たされた気持ちになったのはどれくらい久しぶりのことだろう。
 もう、しいは四角い部屋の中で角ばろうと努力しないで良いのだ。
 四人だけが家族ではない。
 自分の胸にはとくとくと少し早いくらいの速度で震えるものがある。この振動が心地よく、ゆっくりと暗い身の内に意識を引っ張っていく。


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