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しいとカイエ
そういえば書いた事がないペアだったので。
2010年4月作成


 

 

 生臭い潮風が前髪を巻き上げる。
 少し冷えた外気が火照った頬を撫でさすり、体の熱との違いでなんとも心地よい。
 砂浜を踏みしめて歩くと、あの波の音を限界まで極小させたような音を奏で、足の裏の感触と相まって胸のうちをくすぐるような楽しい感覚が生まれる。
 砂の一粒一粒がただこすれて動くだけなのに、なぜこれが楽しいのか。片栗粉を揉む快感と同じようなものだろうか。
 ちあは砂浜を見るとすぐに裸足になって走り出してしまう。太陽が出ていれば尚のことおおはしゃぎする。目の前にあるのはひたすら砂と、塩辛くて生き物だらけの水と、後は青かったり白かったり黒かったりする空だけだ。場合によっては危ない人も居ることがある。
 ある時ちあに、なぜ海が好きか聞いてみた。すると、なぜ兄は片栗粉が好きかと聞き返された。つまりどちらにも納得の行く理由がないということがわかった。
 片栗粉は、あのキュキュッという感触がたまらないのだが、中々ちあには理解されない。同様にちあが海というだけで嬉しくなる理由も、しいには理解できないのだろう。決してそれは寂しいことではない。
 海が好きだという心は本当は理解している。
 薄寒い風をひたすら送り続ける目の前の海は、黒い。
 きっと青に青を足し続けた色なのだろう。同様に黒い空には水墨画のような雲が浮かび、その隙間から丸い月が顔を出すと、水面が日中ほどではないがギザギザに輝いている。光っているのは、月の下の水面だけなのだ。月の恩恵を受けられなかった左右はどろりと濃く、暗い。
 夜の海は怖ろしい。
 寄せて返す音が途切れることなく辺りに響き続ける。永遠と大きな生き物がうごめき続けるように月のギザギザは揺れ、波が引くと同時にあの最奥に体といわず魂と言わず吸い込まれてしまいそうな、そういう恐怖を刻まれる。
 月の全くない夜に見た海は、慈悲も容赦も何もない混沌が広がっているようにすら思えた。
 自分は夜目が利くほうだとわかっていても、その闇には耐えられなかった。
 思い出すと感慨深く、ふっと息を吐いてまた歩き始めた。
 波が足にかからないだろう場所まで進み、自分のつま先ギリギリまで寄って来た波を見送った。
 手が残っている。
 闇色の手が、海から伸びていた。
 夜目は利くほうだと思っていたが、そうでもなかったようだ。手の先、腕肩頭部が見当たらない。暗くて全く視覚できないのだ。ちなみに、その手の数は1本ではない。
 波が再び訪れ戻ると、手はその数を増やしていた。
 「まずい。これは」 
 手たちはなぜかしいの足元に群がり、増えたそれは放射状に広がっていた。もし、水が足にかかるようなことになったらどうなるのだろう。
 いや、水がかからなければ大丈夫という保障もない。背筋に走る冷気が本能的に逃げろと告げているが、わずかな疑問がここに留まらせる。
 突然ぐい、と服を掴まれ2,3歩後ろによろめいた。驚かないこともなかったが、前に引き込まれるよりはマシだった。
 しいと手たちの間に、珍しく急いだ風でもないカイエが割って入り、若干白く発光したように見える枝で砂浜に境界線を引いていく。
 ぞぞぞぞ、と大人の身長くらいの長さの簡素なものだった。
 次の波が来ると、その線は簡単に消されてしまった。だが、手はまだそこに線があるかのようにそれ以上こちらへ来ることはなかった。
 安心して、礼を言おうかとカイエを見ると、彼はしゃがみこんで目を閉じている。何か口の中で喋っていた。何も言えずにしばらく見ていると、いきなりすっと立ち上がった。
 再び濡れた砂浜を見れば、どこにも手は見当たらなくなっていた。
 「こんばんは」
 しいが言うと、カイエはギョロっとした目を、一つこちらに向けた。こんなにもこの白い肌や眼光が不気味に映える夜は珍しい。
 「のん気だな」
 「そうでもない。・・・・・・ありがとう」
 礼を言うと、彼は目を丸くさせた。それからすぐ口の端を持ち上げてニッと笑う。
 「お前、あいさつ以外喋れたのか」
 今度はしいを越した向こう側の丘、借りている宿のほうへ向かって白い腕をブンブンと振った。
 なるほどそういうことかと納得した。
 「誰?」
 「ココリータん・・・姉ちゃん」
 ぎこちなくそう言うと、挙げていた手で頬を掻いた。
 おそらく彼女に、しいが1人でここまで来てしまったのを見られていたのだろう。胸騒ぎでもしたのだろうか、同行していたカイエに連れ戻すのをきっと頼んだのだ。見事彼女の悪い予感は的中し、しいは黒い手に襲われかけたのだから、あながち心配性とも言い切れない。
 「何で逃げなかった」
 彼はもう笑ってはいなかった。だがその声音は、危険に対して退避しなかったことを咎める風でもなかった。ただ純粋な興味のようだ。
 「腰が抜けたから」
 答えるとビシッと鼻を指で弾かれた。あまりに痛いのでしゃがみこんで下を向いていたら、暗がりに濃い液体が滴り落ちる。頭上から「嘘つくな」と聞こえた。
 ふざけるにしても加減して欲しい。
 彼が「悪い悪い」と背を撫でさするとすぐに鼻血は止まった。
 共通の友人のアオサはよく彼をからかって遊んでいるが、こんな常軌を逸脱した力をよく相手をしていられるものだ。
 鼻の軟骨がひしゃげていないか手で確認すると、既に痛みも引き形も問題なかった。彼に重症を負わされても、きっと無事でいられるから安心してアオサは彼をからかうのだろう。
 「コレはなんだろう。と手が現れたときに思った。でもとても怖かったから身を引こうと思った。だけども、コレに触れたらどうなるのだろうとも思った」
 「触れた人間は大体、連れてかれるっぽい」
 あー、としいは口を開けて次の言葉を考える。あまり日常的に思ったことを口にしないので少し時間がかかる。申し訳ないと思ったが、彼はゆっくり待っていてくれた。
 せっかちな部類と思っていたので少し意外だった。
 「あるいはしいは連れていかれない可能性があり、行動がその思考のため遅れた」
 小首をかしげて彼はしいを見返す。
 しいの体は魔力を透過させ無効化する。先天性のものではなく、父親からの贈り物だが、旅を続ける上で幾度となく命を助けられた。だがこの体を得るまでに幾度となく生死をさまよったこともまた事実だが。
 そのことでしいは親を咎めるつもりはない。
 「あれか?自分だけは巷で流行ってるあの病気にはかからない。っていう根拠のない自信と同じか?」
 ふるふると首を横に振って見せると、彼は反対方向に首をかしげた。
 どう説明すれば彼が分かってくれるだろうか。
 「しいは耐魔力体質なので」
 自分で言って、その言葉に違和感を覚える。では先ほどなぜ、鼻血や痛みがすぐに引いたのだろうか。
 あれ?と二人で顔を見合わせて首をかしげる。
 しいは学者でもなければ自分の体質を完全に理解しているわけではない。カイエの力が魔力依存のものでないとすれば、しいの体に望んだ効果をもたらすことは可能なのかもしれないが、今この場で確認する方法が少なすぎる。そしてそのどれも危険すぎた。
 「お化けの類って・・・あの姿って何で出来てるんだろうな・・・魔物と同じ?」
 「知らん」
 彼が考えていたことはしいとは反対方向に向かっていたようだ。こればかりは学者に聞くしか分からない。
 「いや、カイエさんは分からないでアレらを退けたのか」
 「願えば案外伝わるもんだ」
 そう言うと彼はまだ手に持っていた枝を、しいの目の前にかざした。水分のない枯れ枝が、見る見るカイエの握ったところから光の養分を吸い上げるかのように活力に満ちていく。
 淡く輝く粉を散らせながら、葉が二つ芽吹いたところで彼は奇跡をやめ、しいに手渡した。
 まさか自分の手に渡った途端に枯れてしまうのではないか心配したが、光の粉を失ったもののその葉はみずみずしさを保っていた。
 今この場でいくら議論を交わしたところで答えは出ないのだ。今目の前に起こった事象ですら何も理解できない。カイエ自身も説明が出来るようではなさそうだ。
 「わからないことは大人に聞こう。焼き芋みたいな兄ちゃんなら何か知ってるかもな」
 腕を頭の後ろに組み、いかにも快活そうな少年の笑顔で言う。
 「焼き芋?」
 くるりと踵を返し彼は丘のほうへ歩き始めた。自分もこれ以上留まる理由もないので後を追う。
 「なんか生き物が大好きなんだかでよく知ってるらしい。ちらっとしか見たことないけど」
 「いや、焼き芋?」
 「なんか、全体の色味が」
 「ああ、ずっと焼き芋のみを食べ続けているかと思った」
 しいの発言にカイエがぶっと噴出した。少ない情報の中こちらは大真面目だというのに。
 「じゃあ分けてもらわないとな」
 ジャッジャッと二つの足音を砂浜は奏でる。来た時は一つだったのが妙に懐かしい。
 彼の足音は自分の音と比べてずっとゆっくりだ、それなのに依然としてこの距離がかわることがない。彼の歩幅は、体の大きさから見ると不釣合いなくらい広かった。その歩く様は、おおらかな様でどこか生き急いでいるようにも感じた。
 「カイエさん」
 声をかけると、彼は振り返らずに「んー?」と答えた。
 「何の用もない」
 ゴスン
 いきなり立ち止まるものだから、しいはカイエの後頭部に額を打ちつけしりもちをついた。
 さすがに2度目は少し怒ったのか、ひくついた笑顔でしいに手を差し伸べた。手を取る前に腕を掴まれ立ち上がらされる。
 その白い手のひらは、人間の手にしては凄く熱かった。
 「帰るッたら帰る!いちいちお前ら僕をからかうなよ!」
 アサオと一緒くたにされたことが非常に心外だったが、仕方がない。素直に手を引かれて帰ろう。
 もし自分に年の近い兄が居たらこうだったのだろうか。下らない考えが浮かんだが、なるほど、そう悪いものでもない。
 島に居た時も、年の近い子供とあまり遊んだことがなかったせいか、こういうむきになって反応を返されることが非常に新鮮に感じる。ちあはいつだって本気になって激怒するが、妹が相手では立場が違う。
 こちらは、相応に相手をしてもらっているという感覚が嬉しいのだ。

 「なんでしいはこんなところに来た」
 カイエは前しか見ないで呟いた。
 理由なんてない。
 強いて言えば、にぎやかな家が息苦しかったくらいだろう。そんなことを言ったら彼はどんな顔をするだろうか。理解できない、と眉をひそめるだろう。いや彼には眉がない。
 彼に、嘘をつかない、悲しまれない、理解できる。そんな回答を口をあけたり閉じたりしながら考えていた。
 不審に思った彼が振り返る。よく吟味された言葉を浴びせてやろう。
 「片栗粉と海が好きなんだ」
 足元でキュッと良い音が鳴った。この音は静かだからこそよく映える。
 「同感だ」
 


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